世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.827

トランプ科学技術予算案の破壊力

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2017.04.17

 日本のメディアは耄碌してしまったのだろうか。印象を操作する「編集」や「上から目線」に傾倒するあまり米国ホワイトハウスが意図するところを把握していない。米国トランプ大統領の科学技術関連予算案は,世界規模で産業とインフラに大きな影響を与え,お金の流れも変えてしまうパラダイム・シフトを引き起こすものである。環境や新エネルギーの研究はストップし,創薬や安全検証のための新規予算はつかないと見るべきであろう。重要な科学技術は国防予算にシフトしてアンタッチャブルになる可能性がある。国内では遅まきながら日経が米国国立衛生研究所の苦悩として報じたが,ことはそれに留まらない。

 M. Hourihan, The American Association for The Advancement of Science, 20 March 2017 [1]を参照していただきたい。ホワイトハウスから連邦議会に提案された2018年会計年度予算案のうち各省庁別の科学技術予算の増減を示したものである。この報告以外にもScienceの関連記事がある[2]。これらには掲載されていないがNational Science Foundation(アメリカ国立科学財団)の予算案は30% 減である。主に環境と生命科学分野,社会学等のリベラル・アート分野の予算が集中的に削減されている。エネルギー省(DoE)のAPRA-E(新エネルギー研究)は100%削減,つまり打ち切りである。また,海洋大気庁(NOAA)の海洋大気研究も大きな削減となっている。日本の報道では環境保護政策の削減という言い方をしているが,自然科学だけではなくて非技術系研究への助成も止めてしまうという,実に大胆な方針を示した予算なのである。電気自動車やプラグイン車の普及対策費用もどうなるか判らない。

 研究者らの反発が高まっているので,この予算案が米国議会で承認されるのか,何とも言えないが,少なくと,環境,創薬,バイオ分野などのかなりの部分が大きな打撃を受けることは予想される。例えばバイオ燃料の研究は米国が最も進んでいて,実際にバイオ燃料で航空機を飛ばす実地検証も行われ,国際航空運送協会(IATA)も導入することを決めている。ところが,米国の研究開発が止まるとこの計画は大きな変更を余儀なくされる。また,バイオ分野の大きなExitは創薬及び医療であるが,がん治療だけではなく感染症の研究と予防方法の研究にも大きな影響が出てくる。創薬分野は大きな投資資金が入っている分野なので,この秋以降に損失を被る投資家が出ることが予想される。

 今後,トランプ予算案が議会審議されるので金融・相場の専門でなくても投資の大きなシフトが起こることが予想できる。予算の削減される分野は米国が最も強く影響力が大きい案件がほとんどなので,研究者の移動も勘案すると産業構造の変化や,科学技術新興の中心が中国へ移るといったことも頭をよぎる。歴史的にも中世欧州の科学技術否定がペルシャ勃興を支えたことを省みる必要がある。他方,トランプ政権の2 in 1方針,即ち,新規規制を1つ導入する場合には既存の2つの規制を撤廃するという大統領令も考え合わせると,トランプ政権下では規制が緩やかになり一部産業が伸びる可能性がある。多少安全性が怪しくても産業振興を期待できる技術や材料は積極的に産業化を進めるようになるだろう。経済性から考えて米国内の石炭産業が昔のように復活するとは考えにくいが,環境安全性の観点から環境保護庁(EPA)が制限していたナノ銀粒子やマイクロビーズは規制が緩和されるかもしれない。

 安全性は将来にわたり責任を負わされるものなので,今までの叡智から多くの企業は適切に安全性を確保しながら企業活動を行うと予想するが,安全性評価を低優先にして活動を行う企業は存在する。トランプ政権が続く間は,そのような企業の収益が拡大するので,投資対象としては優良企業になるだろう。米国外の企業にとってはEPAの規制が緩くなるので米国進出のコストが削減されることになる。

 メディアはサイドストーリーをダラダラ続けるのではなく,国際政治と並んで日本にとって重要なトランプ予算のことを,きちっと知らせて欲しいものである。否,もはや日本の主要メディアに頼らずネットで情報を見る時代なのだろう。

[参照文献]

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