世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.731

キューバを訪ねて

大石芳裕

(明治大学 教授)

2016.10.03

 2016年8月,ふと思い立ってキューバを訪問した。きっかけは同行した古川裕康先生(淑徳大学)の一言,「先生,キューバ行きませんか?」。同年3月20日,米国のバラク・オバマ大統領がハバナの地に足を踏み入れた。現職大統領としては88年ぶり,1959年のキューバ革命以降初めてのキューバ訪問である。「キューバは変わるかもしれない。移行経済のスタート地点を見ておくことは面白い」と急遽行くことにした。考えてみれば,中国に最初に行ったのは1982年,それから35年,中国の変化を見てきた。昨年はケニアやミャンマーも訪問した(ミャンマーへは今年も再訪)。移行経済の国がどのように変化するのか見るのは楽しみだ。

 米国とキューバは,2015年夏にそれぞれの大使館を設置し,1961年の断交から54年ぶりに国交を回復させた。オバマ大統領のキューバ訪問はそれを踏まえたものである。オバマ大統領はミッシェル夫人など家族や議会代表者,経済界代表者を帯同し,ラウル・カストロ国家評議会議長(フィデル・カストロ前国家評議会議長の弟)とも会談した。両国の雪解けを象徴する出来事であったが,米国によるキューバの経済制裁は未だ解けていない(米国議会の承認が必要)。米国は依然としてキューバを「テロ支援国家」のリストに残したままである。

 キューバ南東部にあるグアンタナモの基地と基地内収容所については,キューバからの不法移民やハイチ難民などを収容している収容所の閉鎖がオバマ氏の大統領選における選挙公約であったにもかかわらず,何も変わっていない(共和党が反対)。キューバは占領地であると主張し,米国は占有には法的根拠があると主張している。1903年に米国の援助でスペインから独立したキューバは,この基地の永久租借を認め,米国は租借料を支払ってきた。しかし,キューバ革命で成立したフィデル・カストロ政権は同基地の存在を非合法とし,租借料の受け取りを拒否している。この基地は米国の海軍が支配し軍法のみが適用される治外法権区域であり,周囲は地雷で埋め尽くされている。

 実際,フィデルは共産党機関誌「グランマ」に「帝国から何も与えられる必要はない」とオバマ大統領のキューバ訪問を痛烈に批判している。オバマ大統領がキューバ国営テレビで放送された演説の中で「私たちは友人として,隣人として,そして家族として,この旅を共にできる」と力説したことに対し,フィデルは「心臓発作を起こすところだった」と言っている。89歳のフィデルが心臓発作を起こしても珍しくはないが,彼としてみればこれまで米国がキューバにしてきたことが許せないのだろう。私たちに遅れること1カ月半,日本の安倍晋三首相が日本の首相としては初めてキューバを訪問したが,その時にはフィデルは安倍首相と真っ先に会談している(9月22日)。オバマ大統領の時とは大きな違いである。

 キューバの国土面積は約11万平方キロ,日本の本州の約半分である。人口は1124万人(2015年,JETROウェブサイトによる),公用語はスペイン語,欧州系とアフリカ系がそれぞれ25%で混血が50%を占めている。一人当たり名目GDPは6920ドル(2014年),主要輸出品は鉱物,医療品,砂糖,水産品,タバコであり,主要輸出国はベネズエラ,カナダ,オランダとなっている。フィデルがラウルに2008年,国家評議会議長を譲り,2011年,共産党第一書記の座も譲り渡した後,キューバは経済改革に踏み出した。具体的には外国からの直接投資の受け入れと民間部門の拡大であるが,直接投資については統計が発表されていないので実績は不明である。2010~2014年,実質GDP成長率が年2~3%の上昇で(2000年代はニッケル価格の高騰などで10%台の成長だった),民間最終消費支出割合(対GDP)も50%から55%に増大している。消費者物価上昇率も1~3%と低く,失業率は3.5%以下である。2000年代前半に15万人程度だった自営業者も50万人規模まで拡大している。貿易赤字は続いているが,外国人訪問者数が250~300万人あり,観光収入が25億CUC(兌換ペソ,約2500億円)ある。

 「キューバは発展途上国」と思って訪問したが,ハバナ市内を歩いている限りはスペインやイタリアなどの南欧のイメージであった。カラフルなビルディング,瀟洒なレストラン,(見た目は)立派なホテル,米国のクラシックカーを利用したカラータクシー,観光用の真っ赤な二階建てバス,素晴らしい観光資源である。治安もよく,深夜に若い女性が一人で歩いている。「キューバ人に鬱病者はいない」と豪語する楽天的国民性。大卒の初任給が日本円で2000~3000円と聞いたが(7000ドル近い一人当たりGDPと不整合),CUC(兌換ペソ)の5分の1から10分の1で使えるCUP(人民ペソ)があり,生活をエンジョイしている。Wi-Fiが入る場所が限られているために,ホテルや公園の回りには常時人がたむろしスマホを覗いている。ハバナ市内を観光バスやタクシーで廻っている限り,スラム街を見ることはなかった。

 トリニダはハバナから南東へ300km強,ユネスコの世界文化遺産に登録されている古都である。石畳の通路を馬車やロバが通り,低層の家々はこれでもかと言わんばかりにカラフルである。ハバナが東京であるとするならば,トリニダはさしずめ京都になるだろうか。人口7万人の小さな街であるが,かつては砂糖取引で栄えた。トリニダの周辺にもサトウキビ畑が広がるし,そこから少しハバナの方に戻ったイスナガではサトウキビ畑で働かされた奴隷を監視する塔やサトウキビを絞る小屋,オーナーの邸宅(現在はレストラン)などが残っている。遠くアフリカから連れてこられた黒人がスペイン人資本家にサトウキビ・プランテーションで奴隷として酷使された。そのスペイン人を米国の支援でようやく追い出したと思ったら,今度は米国人資本家がCIAの支援でキューバを支配しようとした。当初は革命なんかするつもりはなかったフィデルたちは,独立を勝ち取るために致し方なく武器をとる。フィデルとラウルが亡命先のメキシコで会ったアルゼンチン人のエルネスト・ラファエル・ゲバラ(通称,チェ[やぁ]・ゲバラ)らの協力を得て,キューバ革命を成功させる。チェ・ゲバラは今でもキューバ人にとても愛されており,店の壁などにゲバラの肖像画が飾られていたりする。革命広場の内務省の建物に施されたゲバラの肖像はあまりにも有名である。一方,どこかの国とは異なり,革命の父フィデル・カストロの肖像は博物館でない限りお目にかかれない。

 キューバ,チリ,ベトナムそして中東と、米国は自らの利権を守るために戦いを起こした。キューバ訪問時の通訳兼ガイドの女性が「オバマは米国資本家に道を開くために来た」とボソッと言ったのが印象的である。30代半ばの彼女はハバナ大学外国語学部フランス語卒の秀才。本業はフランス語の教師で,スペイン語,フランス語,英語,日本語,ポルトガル語ができる。冗談も含め完璧な日本語に驚いていたら,「私にとって日本語は4番目」と言われてサトウキビ畑に逃げ込みたくなった。ちなみに彼女はアフリカ系の美人である。

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