世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.715

日本はデフレか?:第三の矢は放たれている

岡本悳也

(熊本学園大学 名誉教授)

2016.09.12

 もし,日本が「消費税増税」を延期しなければならないほど深刻な「デフレ」であるなら,政権与党である自民党が選挙で大勝することはありえないはずである。安倍首相は自らの成果,アベノミクスの自己診断を誤っている。

 インフレは「持続的な」物価の上昇であり,デフレは「持続的な」物価の下落である。「インフレ」であれ「デフレ」であれ「持続性」が重要な特性である。「インフレ」が持続すれば早晩,不良債権が累積し,顕在化すれば金融危機が生じる。中央銀行の「最後の貸手」機能と各国の金融協力によって「恐慌」は回避しうるものの,実体経済の回復には時間を要する。金融システムのグローバル化は金融システムの効率性と破綻を大きくすることは避けがたい。

 しかし,デフレで経済が破綻した例は現代資本主義下の主要先進国ではない。ケインズ政策によるところが大きい。日本経済の現況は,物価が「低位安定」しているのみである。他の重要経済指標も「デフレ」の特徴を一切示していない。日本経済の現状をさも深刻な「デフレ」であるかのように前提して,論壇では不毛な政策論議がなされている。学者,ジャーナリストは現状を憂えなければ知性と誠実さを疑われかねないという強迫観念に捉われ,政治家は深刻な現状認識を示さなければ無責任といわれかねないマスコミ批判に過敏に過ぎる。

 日本経済は安定的低成長(2%前後)の軌道にある。GDP統計には問題が多い。いずれ新たな定義による成長率の上方修正がなされるだろう。それはさておき,成熟資本主義国では高成長(7%前後)はもちろん,中成長(5%前後)すら常態ではありえない。基底的に消費が飽和し,経済を強力に牽引する投資も消費も見当たらないからである。しかし,そのことは技術革新が停滞していることを意味しない。研究開発,技術革新は産業,社会生活全般に安全と質の改善を絶えずもたらしている。

 由々しい問題は,まったく合理的根拠のない「2%物価目標」を日銀が設定していることである。これでもかこれでもかと無気になってむちゃくちゃな金融政策を弄している。そもそも国民は物価の下落をこそ望み,上昇を望む国民はいない。350円の結構美味しい弁当がコンビニで買える日本は「豊かな国」である。随意的支出が可能である富裕層すらも「マイナス金利」で「デフレマインド」が喧伝されている世の中では享楽的,浪費的支出も抑制せざるをえないだろう。日銀総裁は国民の胸の内を推し量るべきであり,安倍政権の誤診に阿諛追従すべきではない。

 「論語読みの論語知らず」ではないが,安倍首相は「経済重視の経済学知らず」である。アベノミクスの重要な柱である「第三の矢」はすでに放たれている。安倍政権になって日本の「経常収支」は著しく改善している。「所得収支」の黒字が巨額となっている。すなわち,海外「投資」の収益が国内に還流してきているのである。「グローバル経済」下では,投資に国内外の区別は意味がない。産業の空洞化,雇用の流出は昔の話である。所得収支も含めた国民総所得(GNI)で見れば成長率は優に2%に達するだろう。また,国際市場で熾烈な競争に直面する日本の企業は人工知能(AI),再生医療など先端的な「研究開発投資」を怠っていない。「研究開発投資」は従来,費用と見なされGDP統計には含まれていなかった。7~9月期の改定値からは投資に含まれるようになる。まさに安倍首相の言う「未来への投資」である。「第三の矢」はすでに力強く放たれているのである。

 資本主義市場経済はこの世の楽園を設計,施工できるものではない。しかし,市場経済を基本的な経済システムとして導入し,成長を実現した国は福祉政策に取り組み,「ファベーラ」を消滅させた。貧困国,途上国に必要なことは政治的安定を確保し,成長を持続させ,貧困を解消することである。安倍政権は筆者がかかわるミャンマーの事例からも途上国の成長,発展の支援に戦略的に取り組んでいる。「第四の矢」も放たれているのである。

 日本経済に喫緊の課題がないわけではない。急速に高齢化する日本は「高福祉高負担」の経済原則を確立しなければならない。「金の生る木」はない。日本人は「人様のお役に立ってもお陰にはならない」という道徳観を回復しなければならない。消費増税によって恒常的,安定的な財源が確保できなければ,国債に依存する以外にない。国債依存は迂回的な国民負担であり,増税を回避したと思うことは実質的には金融財政的錯覚でしかない。増税を回避して経済規律を自覚しえないことは望ましいことではないが,次善の策として国債依存はやむをえない。日本列島は「地震列島」であることを再認識させられた。国民の「生命,財産」を守るべく列島のインフラ,都市を耐震化に向けて再構築することは喫緊の課題である。大都市の高層ビルと併存する「下草」のようなおびただしい一般家屋に緊急の対策が必要である。現下の喫緊の課題は経済問題ではなく自然の脅威である。

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