世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
製造業の国内回帰が意味する生産システムの新機軸
(立命館大学 名誉教授)
2016.03.28
2011年3月11日の東北大震災以後,日本経済と企業活動の一大転換が急速に進み始めた。サプライチェーンの寸断は,円高に半ば悲鳴を上げていた組み立て加工型—特に電機,輸送機器,産業用機械など—企業にとって,一挙に海外展開—海外現地生産と海外販売—を加速化させる好機だと映ったようだ。しかもその後の円安は追い風となってその動きを後押ししてきた。もとよりソ連・東欧の崩壊と中国の市場経済化の促進に促迫されたグローバル化の進展は,企業活動の多国籍化を怒濤のように進めてきた。アメリカ企業を先頭にして,国内に収まりきれない世界の巨大企業群はグローバルな視野での部品・原材料の調達や労働力と人材の確保,さらには現地政府の外資奨励策の後押しもあって,国際生産を大いに進め,ブランド力にものを言わせた海外での販売と,グローバルな資本蓄積を進め,続いて残余の企業もその後を追った。しかしながら,我が国企業は高度な技術水準を保持し,かつその主体となる人材は優秀な技能力を磨きあげていて,しかもチームワークに優れ,会社への帰属意識も高く,なおかつ給与・賃金は欧米に比べて相対的には割安であった。加えて優秀かつ多種多様な注文に即応できる中小の極めて優良な部品サプライヤーを自らの下請けシステムとして企業グループ内に包摂することに成功した。これら労使一体となった企業システムと系列体系の下で,生産性の向上と競争力の強化に励み,多くの分野で世界の「モノづくり」の最前線にまで躍り出るようになった。こうした「日本型」生産システムに自信を持ち,その中枢としての人材とその技術・技能力と中小下請けメーカーという「宝物」は到底海外では得ることができない無二のものだと得心していたようだ。その結果,グローバル化に異質な日本的な企業体質だと外国には映っていた。
ところが経済のグローバル化による生産の過度の海外移転に伴う国内「空洞化」への批判や経済の停滞,それに肝心の「世界の工場」中国での賃金上昇や「自由な」企業活動への制約も加わって,近年,アメリカをはじめ先進諸国における製造業の国内回帰が叫ばれるようになった。とりわけアメリカではオバマ政権の高度先進製造業(advanced manufacturing)の提唱もあって,リショアリングと呼ばれる製造活動の大々的な国内回帰が進められてきている。こうした動きは日本企業にも反映していて,とりわけ組み立て加工型の輸送機,電機,産業用機械などにおいて,こうした動きが強く出ている。我が国企業の海外進出の根拠は多くあるが,特に低廉な労働力や原材料の確保と,旺盛な海外需要への対応としての現地販売は大きな魅力であった。また一旦海外へと舵取りした戦略を改めるとなると,そこに大きなコストがかかること,加えて現在の円安傾向がいつまで続くか不透明であること,さらにこれが最大の要素だが,期待を持って始めた海外生産が新興国企業の台頭などによって,思ったほどの成功を収め得ないでいるといった理由が挙げられる。とはいえ,国内需要の減少傾向とは反対に,海外需要の拡大が今後も確実に見込まれること,生産コストに関しては彼我の差は狭まってきているとはいえ,労働コストやエネルギーコストはまだ依然として内外の格差が大きいこと,さらに撤退するとなると,心理的な要素も働くうえに,とりわけ労働への補償金が企業への負担感を増幅させることなどによって,撤退には強い決意と高い経営判断が求められる。加えて円高による景気後退が身にしみている企業には,国内回帰した後,再び円高に反転するのではという懸念も潜在的には大きい。これらのことから,大勢としては海外生産重視の傾向が今後も続くとみる観測が強い。とはいえ,国内回帰に旋回した企業にもそれなりの勝算があろう。
そこで,その勝算の根拠となる新たな要因だが,昨今しきりと強調されているIoT(モノのネットワーク化)の活用である。これはドイツの「インダストリー4.0」やGMのIIC(インダストリアル・インターネット・コンソシアム)の提唱や展開によって著名だが,モノにセンサーを取り付け,コンピュータルームでモニタリングしながら,ネットワーク型のつながりを持った生産システムを構築しようとするもので,その中心にはスタンダードを確立した強固なソフトウェアの力がある。日本企業はこのIoTと,世界一のロボット生産を結合し,かつ作業者がウェアラブルも装備して司令室からの些細な指示も仰ぐ「ロボットセル生産」を大々的に展開しようとしている。それによって,良質で適切な価格体系を持ち,多種多様な需要に即応できる商品を手早く提供できるシステムを構築しようとしている。あくまでも「モノ作り」に拘るこの戦略が,標準を握るソフトウェア力が弱いままで起死回生策となり,再び世界を制することができるのだろうか。
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