世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パテントプールの台頭:国際標準が介在しない医薬品パテントプール
(愛知学院大学 教授)
2016.02.22
オープンイノベーション(OI)とクローズドイノベーション(CI)の関係は二者択一または対立するものでなく,補完的かつ相補的戦略であることは,このコラム1で詳しく述べた。さらに言えば,両者を適宜にタイミングよく選択していくのかという戦略的運用の仕方が重要である。産業分野特性によってOIやCIの有効性に差異が出ることも事実である。最近,異なる産業分野のパテントプールにおいてその事を改めて発見した。
周知のように,パテントプールは,技術特許など知財管理において有効な仕組みとして注目され,グローバルな市場拡大と利用される製品拡大に伴い複雑化すなわち量的増加と質的多様化している。
特許庁(2013)の実態調査によれば,近年のパテントプールには次のような特徴がある。
- ①近年,多国籍で大規模かつ多数の権利者が絡むパテントプールが形成されている。また国際標準化機関の策定するデジュール標準と技術特許が結びついている。
- ②それに伴い,訴訟やライセンシングなどの発生が頻発し,パテントマネジメントやパテントポートフォリオが重視されている。
- ③国際的に統一したパテントプール制度は未だ確立していない。
これらは,とくにICT分野に顕著な現象である。とりわけ①の国際標準と結びついた技術特許が目立っている。元来,パブリックドメインの国際標準とプライベートドメインの企業開発技術は相反する特性を持つものであるが,パテントプールという制度が介在することによって両立することが可能となり,技術の普及や市場の拡大に寄与すると言われている。ただし国際標準が技術や特許制度と結びつくのは,今のところICTに集中している。一方,近年になり医薬品分野においても,新たなパテントプールが出現している。WTO協定に関連するHIVなどのジェネリック薬のパテントプールである。これはICT分野とは異なり,NGOが起案者となっており,また国際標準とは結びつかないものとなっている。
これまで競争戦略論のフレームから,技術は特許化と国際標準化することによって競争優位を構築するという国際経営研究が蓄積されてきた。パテントプールについてもMPEG,DVD,3G携帯電話など代表例は,実はICT分野の事例である。医薬品分野との違いは,次のような産業分野特性,経路依存性などに起因すると考えられる。
ICT産業構造は,かつてIBMなどの有力企業が牽引した垂直統合型から転じ,現在までに,多様・多数の技術専門ベンダーが介在する水平分離型に変化している 。こうした事情からICTパテントプールは,必須技術特許が,デジュール国際標準(ISO,IEC,ITU所管)と複合的に関与するOI形式となっている。その特徴は,①相互接続とフォーマット統一が標準目的,②技術が水平分離しているので多数必須特許が存在する,③利用される実用化製品が多い,ことが挙げられている 。例えば,デジタル製品群は映像,オーディオ,接続,記録・記憶,暗号・著作権保護に係る技術標準によって構成される連鎖である。このことは,コンソーシアムの最大の活動目的が,技術を製品システムに組み込むための設計ガイドラインである「実装仕様」と機能目標を実現するために技術間アクセスを可能にする「相互接続性」にあり,コンソーシアム活動目的全体の三分の一を上回るという結果を引き起こしている 。さらに国際標準は標準固有な特徴すなわち「標準の効果」を有している。これらは,概ね複雑性回避と普及に機能するネットワーク外部性,ロックイン効果,技術開発の方向性決定,インターフェイス標準化効果などである 。多数の類似技術方式が競合するICT企業にとっては,特定技術方式を国際標準化することによって普及させることができる。つまりグローバル市場化により,企業は一定のシェアを得ようとする競争戦略が見られる。
一方,医薬品産業構造はICT産業構造と異なり,必ずしも水平分離型ではなく,多数技術の組み合わせによって製品設計がなされるわけではない。医薬品は特定構造を持つ化学物質の薬理効果を臨床試験で統計的に証明することによって生まれる。医薬品特許は,基本的には特定化学構造式を物質特許化したものである。医薬品企業は,多額の研究開発費を回収する目的で排他性,独占性を確保するために物質特許化を行う。このように,水平分離型のICT産業とは構造が異なり,「実装仕様」,「相互接続性」を必要とする国際標準化も必要とされていないことが想定されるためCI形式となっている。
このように,標準を重視するコミュニティーとそうでないコミュニティーでは,OIとCI戦略の有効性や機能性が大きく異なってくると考えられる。
- 注記:本コラム内容は石川理那・梶浦雅己共同研究 愛知学院大学流通科学研究所プロジェクト(平成27年度)「グローバル市場におけるIPR管理について」の成果内容を含んでいることを付記する。
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