世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
産業クラスターの振興に向けたガバナンス:ドイツ・NRW州の取り組み
(中京大学経営学部 教授)
2026.01.12
筆者は,異分野間連携の促進を通した地域産業の振興について研究を続けているが,近年はその目的に向けたガバナンスとマネジメントの在り方について着目している。本稿ではその一つとして,ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州(以下,NRW州)の医療系産業クラスター組織であるCluster Medizin.NRWの事例について紹介する。
多くの先進国では,コスト高や新興国の台頭を背景として,従来型産業の競争力低下が進行し,その結果として地域経済の停滞が深刻な課題となっている。日本と同様にドイツにおいても,産業構造の高度化とイノベーションを通じた地域産業の再活性化が強く求められてきた。特にドイツでは,連邦制のもとで各州政府が経済開発を含む幅広い政策領域において大きな裁量と権限を有しており,州政府主導によるクラスター政策のもとで,クラスター組織が主導する異分野間連携の促進による地域産業振興が展開されている。
筆者は,こうした異分野間連携の促進の有効性を高めるためには,個別のネットワークマネジメント手法の巧拙のみならず,それらを支えるガバナンスがいかに創発し,どのように進化してきたのかについて探究する必要があるとの立場をとる。理論的には,ネットワーク組織における集団行動論,協調的ガバナンス論,さらにそれらを方向付けるメタガバナンス論に依拠している。
対象事例のCluster Medizin.NRWは,2019年にNRW州政府文化科学省(MKW)の主導により設立された医療系産業クラスター組織であり,医療技術,臨床研究,デジタル医療,パーソナライズド医療などを主要なテーマとして活動している。同クラスターは,主として中小企業およびスタートアップから成る企業群に加え,大学・研究機関,大学病院,患者代表など約350のメンバーが参加するオープンなネットワークとして運営されている点に特徴がある。さらに,EUのスマート特化戦略(S3)や欧州地域開発基金(ERDF)による支援,連邦政府機関の専門家の参画,州政府による資金提供および監督といった,超国家・国家・地域レベルが重層的に関与するメタガバナンスのもとで協調的ガバナンスが展開されている。
まず,協調的ガバナンスの創発にあたっては,医療分野における大きな市場機会の存在,州政府によって明確に設定された重点分野,多数の大学・研究機関・企業の集積といった正の要因が重要な役割を果たしていることが確認された。一方で,NRW州がドイツ最大の人口規模を有する州であることに起因する多様性や,それに伴う調整コストの高さ,さらには共通の領域認識を形成する際の困難さといった負の要因も同時に存在していることが明らかとなった。これらの課題に対し,州政府(MKW)は,資金提供,公開入札を通じた運営主体の選定,年次および定期的な会議体を通じた関与を行うことで,クラスター組織であるCluster Medizin.NRWの協調的ガバナンスを方向付ける主要なメタガバナーとして機能している。
Cluster Medizin.NRWの協調的ガバナンスは,上述のメンバーの構成を反映した産学官民で構成されるアドバイザリーボードとクラスターマネジャーが率いるクラスター全体レベルのガバナンスに加え,「ライトハウス」と呼ばれるテーマ別ワーキンググループによるサブレベルのガバナンスによって特徴づけられる。ライトハウスは,設立段階においては,アドバイザリーボードおよび州政府の関与のもとで重点テーマが設定されるが,立ち上げ後は意欲的なアクターがリーダーとなり,自律的かつ柔軟な連携活動が展開される構造を有している。このようなサブレベルのガバナンスは,特定のトピックにおける研究開発,事業化,さらには政策提言といった具体的な成果の創出に直接的に貢献している。
さらに,Cluster Medizin.NRWでは,ビジネス環境の継続的なモニタリングやKPI評価を基盤として,毎年戦略プロセスが実施されており,このプロセスを通じて,取り組むべきテーマ「なぜ(目的)」の見直しとそれに対応したアドバイザリーボード「誰が(ガバナー)」の構成変更,新たなテーマに伴う新メンバー「何を(ガバナンスの対象)」の招集,新テーマに取り組むライトハウスの設立やサービスの提供といった「どのように(ガバナンスの実施としてのネットワークマネジメント)」などが行われている。その結果として,協調的ガバナンスは固定的な制度としてではなく,状況の変化に応じて更新され続ける動態的な仕組みとして進化していることが確認された。すなわち,「なぜ」「誰が」「何を」「どのように」というガバナンスの各次元が相互に整合的に調整され,共進化することで,ネットワークマネジメントの有効性が高められていると解釈できる。
なお本稿の詳細については,「中京経営研究 第35巻 第1号」を参照されたい。
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