世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4132
世界経済評論IMPACT No.4132

世界秩序と国際関係理論:包摂的帝国中心主義の離散時間軸基礎論の逆説

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2025.12.22

世界秩序における基礎論のコペルニクス的転回

 世界秩序における帝国主義の歴史は,戦争と平和の希求という二律背反を内包してきた。現代の帝国主義は,より包摂的な世界秩序を求め,他方で人類は帝国主義に対してより強い安全保障を求めている。この意味で,現代における帝国主義と人類の相互作用が,限定合理性により,片方にとって100%予見できないという意味で,「双方向的」かつ不完全と言える。

 帝国主義の栄枯盛衰は,帝国の分解という「空白の時間」が確認される点において,決定論ではなく,不確実性を伴う「確率論的な時間軸」崩壊が起こり,かつ,それは連続時間ではなく,離散時間であり,世界秩序おける帝国主義が,もはや量子力学的な時間軸で考察されるべきことを示している。

政治学の基礎論の発展:構成主義と確率論の邂逅

 帝国主義的な時間軸における「確率論的な量子力学」と,「国際関係理論の構成主義」との邂逅とは何か。本稿では,量子ビット(典的なコンピュータが使用する情報単位であるビットの概念を,量子力学の原理に基づいて拡張したもの)に,世界秩序におけるグローバリゼーションとナショナリズムという二項性を当て,主権国家間の双方向的作用に100%成功することはないという意味での不確実性に基づく確率論的な外交政策を適用すると条件を満たすことができる。

 以下で,この量子力学の適用条件の基礎をなす方法論を概観する。

 量子力学の使い道として,まず考えなければならないのは量子ビットの作り方,すなわちコヒーレント(広域秩序)を保つような結合の仕方だ。2個以上の粒子の重ね合わせは「量子もつれ」状態にあたり,量子力学では一般に量子ビットをもつれさせる必要がある。

 具体的には,「量子もつれ」のデコヒーレンス(分解)を阻むため,素子をできるだけ環境から切り離しておきつつ,情報の書き込みや読み出しの機能を確保しなければならない。

構成主義における量子重ね合わせの基礎

 中本,遠藤(2022)によれば,コロナ禍のもとで,グローバリゼーションを主導してきた先進国でも,自国第一主義や新しいポピュリズムが台頭したが,それはグローバリゼーション自体が内包する一国の軍事的・経済的な安全保障の脆弱性への対応だという。

 ここで,世界秩序を考察する際に,特に,帝国主義におけるコア・ペリフェリ(不平等な権力構造と経済関係)間の構成主義において,グローバリゼーションを「波」とし,ナショナリズムを「粒」とすると,どのように確率論的に「認識・規範化」されるのかを以下で概観する。

 2025年は,ハイゼンベルクが量子力学を定式化してから100周年を迎える。2024年6月7日に国連総会で2025年を「ユネスコの国際量子科学技術年(International Year of Quantum:IYQ)」と宣言し,世界中でイベントが開かれた。

 藤井(2025)によれば,1920年に入り,ヨーロッパの二人の天才物理学者によって量子仮説の背景にある理論,今でいうところの量子力学がほぼ同時期に構築された。

 ミュンヘン大学で,弱冠21歳で博士号を取得したボーアの研究所の物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルク(1901-1976)は,1925年に「行列力学」という新たな枠組みを提案した。これは,目では観測できない「電子の位置や動き」を,情報の表(=行列)として表した。これにより運動を予測するための方程式は,連続的な値を取る位置や運動量に対する「ニュートン方程式」から,位置や速度を表す行列を用いた「ハイゼンベルク方程式」で表されるようになった。

 一方,1926年には,ウィーンの物理学者エルヴィン・シュレディンガー(1887-1961)が,電子を波として扱う新しい力学(=波動力学)を提唱した。重ね合わせ状態を表現するために,粒子の広がりの分布を表す波動関数は,時間が経つにつれてシュレディンガー方程式に従って変化し,粒子は波としての性質をもつようになる。その結果,粒のような性質と波のような性質の両方を持った対象をうまく表せるようになった。

 その後,行列力学(ハイゼンベルク描像)と波動力学(シュレディンガー描像)は,イギリスの物理学者であるポール・ディラック(1902-1984)によって同じ理論の別々の表現になっていると説明された。これは,現代に至るまで量子力学の基礎理論の一つになっている。

 白井(2022)によれば,第一のパラドクスである粒子波動二重性の光の二重スリット実験は,「ヤングの実験」(1805年ごろ)として有名である。ヤングは実際に実験を行って干渉縞が観測されることを証明した。ヤングの時代は光の本質が粒子であるか,波であるかわかっていなかったので,この実験は非常に重要な意味を持っていた。ヤングの実験により,光が波の性質を持つことが確実になったのである。しかし,問題はここからである。もし光の強さをどんどん弱くしていくとどうなるか。この時,スクリーンに届く光が徐々に少なくなり,ついには光が一個一個ポツリポツリと観測されるようになる。光が本当に波であれば,ポツリポツリと観測されることはあり得ない。これは明らかに粒子の性質である。これが,粒子波動二重性のパラドクスである。

帝国主義的なグローバリズムの「量子もつれ」による統合と分解

 酒井・森・西村(2019)は,国際秩序を現実の勢力関係の表現と見なす場合,自国第一主義は,時間の経過による政治的・経済的・軍事的関係の変化を通じて,当該秩序や国際法規範への異議申し立てを促し,国際秩序と対立構造になりうると述べる。

 ここでは,帝国主義的な相関としてのグローバリズムにおける量子もつれによる統合(マルチラテラリズムによる広域秩序,コヒーレンス)と分解(デコヒーレンス)を,確率論的構成主義の観点から基礎づける。

 量子もつれに関連する第三のパラドクスとして,白井(2022)が解説するベルの定理がある。J.S.ベルは1964年の論文で,「隠れた変数の理論」を思考実験に適用し,「ベルの不等式」を導出した。この不等式は,「測定状況が決まる前から粒子が何らかの値を持っている」という仮定から導かれる。しかし,量子力学が正しい場合,この不等式は破れる。これは,測定状況を決める前は粒子がどんな値も持っていない,すなわち,粒子間の相関(もつれ)が,古典的な因果律や情報伝達速度を超えて成立していることを意味する。

 ジョン・クラウザーとスチュワート・フリードマン(1970年代),そしてアラン・アスペ(1982年)によるベルの実験の検証は,量子もつれが隠れた変数ではなく量子力学に沿っていることを実証した(フィリップ・ボール, 2023; 藤井啓祐, 2025)。これは,量子力学が正しい場合,ベルの不等式が破れるという予測を裏付けた。

 この量子もつれの概念は,大国の自国第一主義と国連のマルチラテラリズムの「相関」における統合と分断を捉える上で重要となる。主権国家間のグローバリズム的な相関は,たとえ地理的に離れていても,互いの状況に瞬時に影響を及ぼしあう無介入の粒子波動間の相関(ベルの不等式で証明される)として捉えることで,国際秩序における統合(コヒーレンス)と分解(デコヒーレンス)の確率論的な構造を構成主義的に基礎づけることが可能となる。

世界秩序と確率論的構成主義の課題:決定論から確率論へ

 世界秩序における政治学の基礎論は,以下の通り,4つある。

  • 1.「量子もつれ」(無介入の粒子波動間の相関が確認されるベルの不等式で証明)
  • 2.重ね合わせ(粒子波動の二重性の定式化である複素指数関数としての波動方程式)
  • 3.不確定性原理(量子力学では,粒子波動の位置と運動量は同時にはわからない)
  • 4.波動関数(離散時間モデルの行列力学としてのシュレディンガー方程式)

 我々は,世界秩序における時間軸に,微視な世界はいかなる類の相互作用にも敏感であるという理由を持って,量子力学の確率論的な構成主義を導入することで,政治学の新たな基礎論を手に入れることができる。

 2025年は,第二次世界大戦後80周年を迎える。しかしながら,中小国主導の平和的な世界秩序は,国際連盟時の経験から,決定論(大国の協力)が不在では,やはり確率論的な構成主義(マルチラテラリズム)は機能不全に陥り,分断を招く。したがって,世界秩序における国連等のマルチラテラリズムの機能不全をなくすには,大国中心の世界秩序が必要であり,大国が中小国の確率論的な構成主義による自国の安全保障の要請にどのような相互作用で応じるかが,グローバリズム的な世界秩序の成否に極めて深く関わっており,同時に,構成主義の世界秩序における役割の実証研究とともに,今後の国際政治の動向を注視していく必要がある。

[参考文献]
  • (1)酒井啓亘,森肇志,西村弓(2019), 「『自国第一主義』と国際秩序: 特集にあたって」『論究ジュリスト』, No.30(2019年夏号), 有斐閣.
  • (2)白井仁人(2022), 『量子力学の諸解釈:パラドクスをいかにして解消するか』, 森北出版.
  • (3)中本悟,遠藤正寛(2022),「特集 COVID-19と現代国際経済」, 日本国際経済学会編(2022)『国際経済 第73号 COVID-19と現代国際経済』, 中西印刷株式会社.
  • (4)フィリップ・ボール(著), 松井信彦(訳)(2023), 『量子力学は,本当は量子の話ではない 「奇妙な」解釈からの脱却を探る』, 化学同人.
  • (5)藤井啓祐(2025), 『教養としての量子コンピュータ』, ダイヤモンド社.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4132.html)

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