世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4144
世界経済評論IMPACT No.4144

世界秩序と国際関係理論:国際連合の多国間主義と国連大学50周年の行方

鈴木弘隆

(フリーランスエコノミスト・元静岡県立大学 大学院)

2025.12.29

アメリカ後の世界秩序における帝国主義と中小国連合の利益

 冷戦後の世界秩序はグローバルサウスの台頭による状況変化を反映しておらず,時代に合わないものとなっている。小川(2021)によれば,冷戦終結後,経済,安全保障の分野で多くの国際レジームが乱立(レジーム・コンプレックス)してきたが,その調整が必要になり,2010年代にはこれらのレジームは手詰まりを見せるようになった。それは,パワー・トランジッション,グローバリゼーション,技術革新,国際問題の多様化・複雑化が背景にある。国家間でルールを形成し,問題解決する国際レジーム型のガバナンスは,王道とは言えなくなった。

 新しい世界秩序のあり方として,アミタフ・アチャリア(2022)によれば,アメリカ後のマルチプレックス世界(「グローバル協調」と「地域世界」のハイブリット)においても,紛争や混乱が完全になくなることはなく,全く完璧な平和という考え自体が幻想であるという。現実の世界においては,大国間の武力紛争,そして一部の国民・人種・政治的集団に対する大量虐殺が起きることを防ぎ,地域紛争に迅速・的確に対処して一般市民の受ける被害を最小限に食い止めることが,国際レジームの最大の目的となるべきだ。他方,これまでの欧米による覇権的支配の終焉で世界からリーダーシップやレジームが消滅して無秩序状態に陥ってしまうことになるわけでもない。世界のリーダーシップそのものが,近年,変化している。そして,マルチプレックス世界への移行が,これまでのグローバル及び地域レベルの国際協力のあり方に,大きな見直しや再構築を求めているのだ。例えば,国際機関と各地域機関の協力体制,政府機関,民間組織,市民社会グループ間のパートナーシップの深化や拡大が必要となる。そこでは,非欧米諸国の考え方や要望がもっと真摯に反映されるような形で,グローバルガバナンスのシステムが改革されることになる。そして,米国とその同盟諸国は,その新しいシステムが機能するために,これまでの特権的地位を諦め,非欧米諸国からの信頼と協力を得なければならない。

 現代の帝国主義国家(以下,帝国)が欲している利益は,「非欧米諸国からの信頼と協力」であり,中小国が欲している利益は,経済のサステナビリティ(持続可能性)である。ここで,帝国と中小国間に多国間主義を適用すると,帝国と中小国間の政治力学は決定論ではなく,双方向的な確率論に従い,量子力学が適用できる。

 ここで,量子力学の重ね合わせを適用し,帝国と中小国を量子ビットとして重ね合わせ,多国間主義として量子もつれを構成する。これにより,帝国と中小国の多国間主義は,粒子波動の二重性をもち,「波」と「粒」の両方の性質を併せ持つ。帝国と中小国の多国間主義の政治力学は,不確定性原理に基づき,位置と運動量は同時にはわからず,波動関数により,離散時間モデルに従う。

 上記の量子力学によれば,帝国を多国間主義の交渉のテーブルに巻き込むには,帝国の利益確約が必須であり,現代における帝国の利益は「非欧米諸国からの信頼と協力」の取り付けである。帝国は,これと引き換えに多国間主義に参加することを宣言する。帝国の多国間主義への参加が前提となることで,多国間主義を構成する中小国は初めて利益となるサステナビリティを獲得することができる。ただし,帝国は「非欧米諸国からの信頼と協力」を獲得でき,多国間主義に依る必要が無いと判断すれば,多国間主義からの離脱を考えるのが必然で,それまでの間に中小国はサステナビリティを獲得しなければならない。

 国連や地域連合での多国間主義は上記の意味で,利益確約を条件として帝国を多国間主義に巻き込むことで,中小国の目的を達成する機会を獲得し,実現する足掛かりとなる。しかしながら,帝国の利益も中小国の利益も時代とともに変遷するものであり,両者の利害が一致するよう,情報収集と交渉が必須となる。

 以下では,多国間主義の場である国際連盟から国際連合のこれまでの歴史の一部を概観する。

国連大学50周年と多国間主義による日本の政治的遺産と防衛費負担増の行方

 国連における戦争と平和の歴史の1つとして,植木(2022)によれば,1945年の国連発足以前の国際法秩序では「人権」は国際法の主要領域であるとは必ずしも認識されていなかった。

 国際連盟下での国際秩序は,第二次世界大戦の発生を防ぐことができず,その反省を踏まえて当時の主要連合国を中心に現在の国連憲章が起草されていくことになった。その過程では,平和及び安全を維持するための国際秩序を如何に再構築するかという基本命題と,ナチスによるユダヤ系住民のジェノサイドといった「人権」をめぐる深刻な問題との関連性なども,次第に意識されるようになっていった。

 高橋(2021)によれば,2020年以降の国際政治は,新型コロナウイルス感染症の拡大に人の往来を断ち切ることで対応したため,社会が分断され,歴史の流れも断絶された。

 この歴史の断絶は,中本,遠藤(2022)によれば,コロナ禍のもとで,グローバリゼーションを主導してきた先進国でも,自国第一主義などのナショナリズムや新しいポピュリズムの台頭という逆転現象が生じている。それはコロナ禍で露呈したグローバリゼーション自体が内包する一国の軍事的・経済的な安全保障の脆弱性への対応だという。グローバリゼーションが強力なイデオロギーになる時,このような脆弱性問題は軽視された。

 こういった政治力学の確率論的根拠として,酒井,森,西村(2019)によれば,国際秩序,そしてその規範的定式たる国際法規則をその成立時における現実の勢力関係の一種の表現と見るのであれば,自国第一主義の行動原理としての,時間の経過を通じた政治的・経済的さらには軍事的関係の変化により各々の時点での国際秩序における自国国益の反映とその調整を目指して,当該秩序や国際法規範に対して国家が異議申し立てを求める(ようにみえる)ことは,国際秩序と対立構造となりうる。

 こういった状況の中,国連大学は,2025年で創立50周年を迎えた。外務省によると,国連大学は,日本に本部を置く唯一の国連機関であり,世界12か国に13の研究所やプログラムを持つ。国連と国連加盟国が関心を寄せる緊急性の高い地球規模課題又は地域に関係のあるテーマに重点を置いた研究を行っている。2010年には大学院学位プログラムを開設。国連機関等で活躍する人材の輩出を目指している。

 国連大学は2025年9月18日,東京の国連大学本部において,持続可能で平和な世界の実現に向け,知識の創出,教育,そして科学的根拠に基づく政策形成の推進に尽力してきたこれまでの50年を記念する式典を開催した

 この式典は,日本と国連の長年にわたる強固なパートナーシップと,平和,持続可能性,包摂的な発展への共通の決意を体現するものとなった。

 式典は,アントニオ・グテーレス国連事務総長によるビデオメッセージで幕を開けた。事務総長は,国連大学が知のパートナーシップを通じて世界を結び,喫緊の地球規模課題に取り組んでいることを称え「多国間協力を体現する組織」として高く評価した。

 1974年にノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相は,沖縄返還の実現と,核兵器を「持たず,作らず,持ち込ませず」とする非核三原則を国是として明確に打ち出したことに合わせ,「国連大学の創設と日本への誘致に対するリーダーシップ」も国際的な貢献として高く評価され受賞理由となった。佐藤元首相は,ノーベル平和賞の賞金(当時の額で約4,600万円)を,国連大学の発展と協力のために全額寄付し,さらには,これを基金として1975年に「一般財団法人 佐藤栄作記念国連大学協賛財団」が設立された。同財団では,国際平和などをテーマにした論文コンテスト「佐藤栄作賞」を毎年開催しており,国連大学と密接に連携しながら,佐藤氏の遺志を継いで次世代の平和研究を支援し続けている。

 一方,佐藤元首相の掲げた「非核三原則」は50年を経て,広島,長崎の被爆者の全国組織,日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が,核兵器のない世界を実現するための努力と,核兵器が二度と使われてはならないことを訴え続けたことにより,2024年にノーベル平和賞を受賞した。世界秩序における現代日本は,新型コロナウイルスで露呈した安全保障の脆弱性と,米国による安全保障面での補助縮小により,欧州と同様に安全保障への追加の資源投入が必要となった。日本は,NATO(北大西洋条約機構)やCSDP(共通安全保障・防衛政策)等の正式な加盟国にはなれないが,米国の補助に代わり非核三原則を支える平和主義的多国間主義に基づき「防衛のみ(専守防衛)を目的とした」協力関係を欧州と構築することはできる。これらの不確実性を決定論ではなく確率論であるとすると,量子力学的には,まず,アメリカ後の世界秩序における帝国の利益である「非欧米諸国からの信頼と協力」を確約しつつ,欧州の利益である「欧州的価値観外交」の拡大と,日本の利益である「非核三原則」を堅持した平和主義的多国間主義を重ね合わせ,欧州と日本が連携した上で,国連をはじめとした多国間主義により,連携することで,量子もつれを確保する。これにより,欧州は欧州的価値観を広域的に展開することができ,その間に,日本が非核三原則を広域的に展開することで,日欧とも相互に重視する価値観外交を展開することができる。これは,日欧国連間の連携が解ける前に学習が終われば,日欧国連間連携が解けた後も,欧州には日本のソフトパワーによる外交の成果が共有され,日本には地域連合としての欧州統合の成果が外交的遺産として残ることで,日欧国連の国益に資する。

 したがって,日本を含む国際社会は帝国の利益確約を前提に,帝国を交渉のテーブルに巻き込むことにより多国間主義の実効性を担保しつつ,欧州の多国間主義的再軍備化と連携しつつ,国連や国際社会における地球規模の課題に対して西東南諸国との関係構築における持続可能性を模索することで,国際社会の行方が過去の2つの世界大戦と訣別できるかどうか,今後も国際政治の動向に注視していく必要がある。

[参考文献]
  • (1).アミタフ・アチャリア(著), 芦澤久仁子(訳)(2022), 『アメリカ世界秩序の終焉:マルチプレックス世界のはじまり』, ミネルヴァ書房.
  • (2).植木俊哉(2022), 「国連と人権:77年の歩みーその出発点と到達点」日本国際連合学会編『国連研究 第23号 人権と国連』, 国際書院.
  • (3).小川裕子(2021), 「目標による統治は可能か?: SDGsの実効性と課題」日本国際連合学会編(2021), 『国連研究 第22号 持続可能な開発目標と国連』, 国際書院.
  • (4).酒井啓亘,森肇志,西村弓(2019), 「『自国第一主義』と国際秩序: 特集にあたって」『論究ジュリスト』, No.30(2019年夏号), 有斐閣.
  • (5).高橋一生(2021),「MDGsからSDGsへ: その過程の検証とポストSDGsの課題」日本国際連合学会編(2021), 『国連研究 第22号 持続可能な開発目標と国連』, 国際書院.
  • (6).中本悟,遠藤正寛(2022),「特集 COVID-19と現代国際経済」, 日本国際経済学会編(2022)『国際経済 第73号 COVID-19と現代国際経済』, 中西印刷株式会社.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4144.html)

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