世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
エネルギー業界のカニバリゼーション現象
(国際大学 学長)
2025.11.03
カニバリゼーション。「共食い」を意味するマーケティング用語で,直接的には,顧客への提供価値が類似する自社製品同士で,それぞれの売上を奪い合ってしまう現象をさす。現在,カーボンニュートラルをめざす新技術開発の分野で,このカニバリゼーションと相通じる事態が,大きな問題となりつつある。
石油産業について見れば,2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画(エネ基)は,ガソリンへバイオエタノールを10%ないし20%混合するe10ないしe20を,低炭素燃料として強調した。それまでは,自動車用燃料ないし内燃機用燃料のカーボンニュートラル化の手段しとしては,合成液体燃料(eフュエル)が主役になると考えられてきた。
e10ないしe20が急浮上したのは,石油元売各社がeフュエル開発への投資にいよいよ本腰を入れようとしていた2024年秋口のことであった。ところが,第7次エネ基の策定過程で資源エネルギー庁が突如としてe10ないしe20を強調し始めたため,石油元売各社は混乱に陥ってしまった。eフュエルとe10・e20とのあいだでカニバリゼーションに通じる事態が起きることが予想されたため,石油元売各社は,投資の決断を先延ばしし,「様子見」を決め込んでしまったのである。
都市ガス産業について見れば,第7次エネ基が「天然ガスはカーボンニュートラルの実現後も重要なエネルギー源である」とする新方針を打ち出し,それを受けて日本ガス協会が2025年6月に新しい長期ビジョンである「ガスビジョン2050」(以下,「新ビジョン」と表記)を公表したことが,重要である。同協会は,2020年11月に長期ビジョン「カーボンニュートラルチャレンジ2050」(以下,「旧ビジョン」と表記)を発表しているが,今回の新ビジョンは,旧ビジョンからの大胆な方向転換を体現したものであった。
2050年のカーボンニュートラル実現時点における都市ガス供給の内訳について,旧ビジョンはeメタン(水素ないしグリーン電力と二酸化炭素とから生成する合成メタン)90%,水素直接利用5%,バイオガス等5%としていたが,新ビジョンはeメタンとバイオガスで50〜90%,天然ガスとCCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)やクレジット等との組み合わせで10〜50%と改めた。端的に言えば,旧ビジョンではカーボンニュートラル実現後は天然ガスを使わないとしていたものを,新ビジョンではカーボンニュートラル実現後も天然ガスを最大50%まで使い続けると,方針転換したのである。
日本ガス協会が,事実上「eメタンの一本足打法」だった旧ビジョンからバイオガスやクレジットなど多様な選択肢を強調する新ビジョンへ方針転換したことにより,都市ガス産業においても,カニバリゼーションに通じる事態が生じつつある。従来,eメタン開発に専心してきた大手都市ガス会社が,「様子見」の姿勢を強め,eメタン開発の足どりを緩めるのではないかという観測が広がり始めているのである。
カーボンニュートラルへ続く道は,長く険しい。その道中は,紆余曲折をたどるだろう。今回取り上げた,石油産業や都市ガス産業で生じつつあるカニバリゼーションに通じる事態も,道中に生じた難事ととらえることができる。それらを一つ一つ乗り越えない限り,道は開けないのである。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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