世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
失速懸念が高まる日本の家計消費支出
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.05.19
実質消費支出の停滞が続く
5月9日発表の2025年3月分の消費動向指数によれば,総世帯の実質消費支出(分布調整値)は,前年同月比−0.5%,前月比−1.4%となりました。2020年を100にした指数で見ると,実質消費支出は2023年の2月の103.1から23年12月には98.3まで下落した後,概ね底這いの状態が続き,25年3月は99.1でした。コロナ禍前の2019年の平均値105.4と比べてもかなり低い水準に留まっており,家計消費支出の基調的な弱さが伺われます。
物価上昇に追いつかない賃金上昇
実質家計消費支出の低迷は,消費者物価の上昇に賃金(現金給与総額)の伸びが追いつかず,実質賃金が目減りしていることが背景にあるようです。これも2020年を100にした指数で見ると,2025年3月には現金給与総額(季節調整済み値)が106.7であったのに対し,持ち家の帰属家賃を除く消費者物価指数総合は113.1でした。特に,エネルギー物価は121.9,食料物価は124.2と大きく上昇しています。こうした購買頻度が高い生活必需品の物価が上昇していることで,家計の体感物価は全体平均の物価指数よりも上昇し,節約志向が高まって消費支出が抑制されやすくなっているようです。
また,エネルギー,食料を以外の消費者物価指数を計算すると,2025年3月には106.1となり,上昇が相対的に緩やかであることがわかります。このため,多くの企業にとっては賃金を引き上げる余地が限られていると考えられます。政府や日銀が期待してきた物価と賃金の好循環は実現しそうにありません。
トランプ関税が家計のセンチメントにも影響
消費者センチメントを示す消費動向調査では,暮らし向き,収入の増え方,雇用環境,耐久消費財の買い時判断に関する消費者意識の4つの指標の平均値を消費者態度指数として示しています。4指標とも2024年4月から低下傾向にあり,特に暮らし向きと耐久消費財の買い時判断の指標が雇用環境や収入の増え方の指標より相対的に低くなっています。エネルギー,食料などの物価上昇が家計の負担となり,物価が上がっても消費を減らしにくい生活必需品より耐久消費財を買い控える傾向が強くなっていることがうかがわれます。さらに,直近値である4月には4指標とも大幅に下落しました。トランプ関税により,日本の景気を牽引してきた輸出が減少するとの懸念が強まったことが,家計のセンチメントにも影響したようです。
家計最終消費支出は,物価上昇を背景に基調的に弱かったところに,トランプ関税によるセンチメント悪化が重なったことで失速懸念が高まっています。家計最終消費支出と輸出の減退により,日本経済は景気後退に入りそうです。景気動向指数の一致指数コンポジット・インデックスは,2月に2019年9月以来の高水準に達した後,3月には前月比−1.1%となりました。一致指数の構成項目である鉱工業生産も3月には前月比−1.1%となり,製造業生産予測指数の補正値が4月には前月比−2.5%となったことから見て,4月も減少する見込みです。2020年5月を景気の谷にして始まった景気拡大期は,2025年2月を景気の山として,57カ月で終了した可能性があります。
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