世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本経済は行き詰ったのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.04.14
輸出の増大に支えられてきた日本経済
1990年代始めのバブル崩壊以降,実質実効為替レートで見た円安を背景に,日本の輸出と企業利益のGDP比は長期的に上昇してきました。1994年10−12月期にはGDP統計における財・サービス輸出のGDP比は8.7%,法人企業統計における非金融企業の経常利益のGDP比は5.0%でした。コロナ禍直前の2019年10−12月期にはそれぞれ16.7%,13.7%に上昇しました。直近値の2024年10−12月期には,さらに21.6%,19.4%まで上昇しました。BIS(国際決済銀行),日本銀行が発表している円の実質実効為替レート(2020年=100)は,1994年10−12月期の172.8から2019年10−12月期には99.4に下がり,さらに2024年10−12月期には71.4まで下がりました。
実質実効為替レートで見た円安とは,日本の国内物価が海外物価に比べて相対的に下がることを意味します。それだけ,円が実質的に割安になったということです。2012年頃までは日本の物価自体が下がったことの影響が大きく,それ以降は為替市場で円が他の通貨に対して下落したことによるものと言えます。
今回のトランプ関税は,広範囲の国からの輸入が対象となっているため,日本から米国への輸出が減るだけでなく,日本の部品や機械を第三国に輸出して生産を行い,そこから米国へ輸出するいわゆる迂回輸出も減少するでしょう。さらに,米景気が悪化すると,Fedが利下げを再開し,割高である米ドルと割安である円の調整が生じ,米ドル安,円高に大きく動く可能性もあります。たとえトランプ関税が比較的早期に撤廃されたとしても,その代わりに大幅な円高になれば,日本の輸出が減少することには変わりはないでしょう。日本経済は輸出による下支えを失いつつあります。
実質家計最終消費支出の停滞の長期化
一方,雇用増大や賃上げに所得・住民税の減税もあって,昨年にはGDP統計ベースの家計可処分所得は,名目ベースで前年比+5.9%,物価上昇分を割り引いた実質ベースでも+3.2%と堅調な伸びを示しました。一方,実質最終消費支出は前年比−0.1%とわずかながら減少しました。一時的な減税は消費支出に回りにくく,貯蓄されてしまう傾向があります。また,エネルギーや食料などの物価上昇が顕著であり,こうした生活必需品は購入頻度が高く,家計は物価上昇の負担感を感じやすいため,節約志向が高まって必需品以外の支出が削減され,全体として消費支出が抑制されているようです。家計貯蓄率は,2023年の0.5%から2024年10−12月期には4.1%に上昇しました。NISAやiDeCoなどの家計の資産形成促進策も,積み立て投資の機運を高めることで家計貯蓄率を上昇させ,中長期的に消費支出を抑制すると考えられます。実質家計最終消費支出は,2013年以降,2014年と2019年の消費税引き上げ前の駆け込み需要とその後の反動減や,コロナ禍のもとでの落ち込みなどの短期的変動を除けば,概ね横這いか若干の減少基調にあるようです。2024年10−12月期の水準は,2013年1−3月期を0.9%下回っています。実質家計最終消費支出は既に10年以上停滞しており,今後も停滞が続きそうです。
潜在成長率上昇の必要性と実現性が低下
輸出が減少する上に消費支出の停滞が続けば,日本経済全体として需要は増えず,供給能力を増やす必要性も低下します。内閣府の推計では,日本経済の供給能力の成長力を示す潜在GDP成長率は,2024年10−12月期には前期比年率換算値で+0.6%とされています。寄与度の内訳を見ると,技術進歩を示す全要素生産性が+0.6%,資本投入が+0.1%,労働時間が−0.3%,就業者数が+0.2%となっています。3月10日付の本コラム「日本経済の成長力はなぜ停滞しているのか」でも述べたように,設備投資の総量を増やさなくても,投資を機械設備や建造物から知的財産へと振り向けることで全要素生産性の寄与度を高め,潜在成長率を高めることは可能と考えられます。しかし,潜在成長率が上昇しても,それに見合う需要の伸びが無ければ供給過剰になってしまいます。そのことがわかっていれば,企業は知的財産投資やその他の設備投資を増やすことにも積極的にはなりにくく,潜在成長率の上昇は実現しないでしょう。
持続的な経済成長の観点では,日本経済は行き詰ったように見えます。ただ,少子高齢化社会への対応,地震などの自然災害への備え,環境保護などの社会的ニーズが無くなったわけではありません。日本,さらには世界の人々が安心して豊かな生活を送れるように,適切な資源・所得配分を行い,社会的ニーズの充足を図ることは,日本経済の大きな課題と言えます。日本経済がそうした方向に実際に向かうことができれば,自ずと持続的に成長もするでしょう。
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