世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3734
世界経済評論IMPACT No.3734

複数シナリオ導入で無意味化:第7次エネルギー基本計画

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.02.24

 2024年2月18日,第7次エネルギー基本計画が閣議決定された。

 第7次エネルギー基本計画は,最も注目された2040年度の電源構成見通しについて,再生可能エネルギー(再エネ)4〜5割程度,原子力2割程度,火力3〜4割程度,という数値を示した。その前提となる電力需要は,2022年度の0.9兆kWhから2040年度には0.9〜1.1兆kWh程度に変化するとみなされている。

 さらに第7次エネルギー基本計画は,電源構成見通しに関して,2040年度までにカーボンニュートラルに資する革新技術の進展が不十分であった場合のリスクシナリオも併記している。そのシナリオによれば,再エネの電源構成比は35%まで下がり,火力の電源構成比は45%まで上昇する。この再エネ35%という数値は,第6次エネルギー基本計画が2030年度の電源構成見通しで示した再エネ36〜38%より低い。また,火力45%という数値は,第6次エネルギー基本計画が2030年度の電源構成見通しで示した火力42%より高い。第7次エネルギー基本計画の電源構成見通しの振れ幅の大きさには,驚くしかないである。

 なお,このリスクシナリオについて,資源エネルギー庁は,「技術進展シナリオ」という呼称を使っている。革新技術の進展が不十分な場合のシナリオであるのに,「技術進展シナリオ」と呼ぶのは,明らかににおかしい。本来であれば,「技術不進展シナリオ」と表現すべきであったろう。

 第6次までの毎次のエネルギー基本計画で一つの柱となってきたのは,近未来を目標年度とする電源構成見通しを,単一のシナリオとして提示することであった。社会主義国でない日本でわざわざ中長期の計画をたて一次エネルギー構成見通しを作るのは,資源小国の日本では燃料の輸入に膨大な資金がかかるため,政府が蓋然性の高い見通しを示すことによって,民間企業の投資判断を容易にしようというねらいが存在するからである。したがって一次エネルギー構成見通しは,単一シナリオでなければならない。複数シナリオにしてしまうと,民間企業の投資判断の目安が不明確になり,わざわざエネルギー基本計画を作る意味がなくなるのである。

 2018年の第5次エネルギー基本計画で追認された2015年策定の「長期エネルギー需給見通し」や2021年策定の第6次エネルギー基本計画(いずれも対象年度は2030年度)でも,再エネおよび原子力の構成比については2%の幅が設けられていたが,今回の第7次エネルギー基本計画では,再エネおよび火力の構成比の幅が10%にまで拡張された。リスクシナリオまで視野に入れると,振れ幅は,15%に及ぶ。これは,複数シナリオの導入がもたらした混乱であると言わざるをえない。

 細部にまで立ち入れば,今回の第7次エネルギー基本計画では,4〜5割程度と見込まれた再エネ電源の構成比(リスクシナリオでは35%)の内訳が示され,太陽光は23〜29%程度,風力は4〜8%程度とされている。つまり,2040年度の電源全体において,太陽光の構成比は6%の幅をもって,風力の構成比は4%の幅をもって設定されたのである。このような大きな幅があっては,太陽光や風力の投資判断を下すことは,困難だと言わざるをえない。

 それどころか,3〜4割程度と見込まれた火力電源の構成比(リスクシナリオでは45%)にいたっては,第6次エネルギー基本計画までは示されていた水素・アンモニア,LNG(液化天然ガス),石炭,石油という燃料別の内訳が示されていない。これでは,火力発電に関する投資判断を行うことは不可能なのである。

 ここまで,第7次エネルギー基本計画の2040年度電源構成見通しの問題点を指摘してきた。同様の批判は,同計画が打ち出した2040年度一次エネルギー構成見通しに対しても,あてはまる。

 第7次エネルギー基本計画は,一次エネルギー供給量について,2022年度の4.7億㎘から2040年度には4.2〜4.4億㎘程度(いずれも石油換算値)に減少すると見込んでいる。そのうえで,一次エネルギー構成見通しに関して複数シナリオにもとづく幅のある数値を掲げており,さらに,電源構成見通しの場合と同様に。2040年度までにカーボンニュートラルに資する革新技術の進展が不十分であった場合のリスクシナリオも併記している。

 複数シナリオを採用した第7次エネルギー基本計画にもとづけば,リスクシナリオまで視野に入れて試算すると,各エネルギーの2040年度における構成比見通しに,大きな振れ幅が生じてしまう。具体的に示すと,石油は20〜28%,天然ガスは18〜26%,石炭は9〜14%,水素等は2〜5%,再エネは21〜31%,原子力は11〜12%となる。これでは,石油,天然ガス,石炭,水素等などの調達に関して投資判断を行う際に,第7次エネルギー基本計画の2040年度一次エネルギー構成見通しを目安として用いることは不可能である。

 例えば,天然ガスの場合,第7次エルギー基本計画によれば,2040年における必要量の見通しは,5400万トン〜7400万トンとなる。同計画は,「LNGは,需要家に供給と価格の安定性を提供するためにも,長期契約での一定量の確保が必要である」(54頁)と述べているが,この振れ幅の大きさでは,関係事業者が,LNG(液化天然ガス)購入の長期契約の規模を判断する際に,同計画は役に立たないのである。

 以上のように,第7次エネルギー基本計画は,一次エネルギー構成見通しおよび電源構成見通しに複数シナリオをとり入れたことによって,無意味化してしまったと結論づけることができる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3734.html)

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