世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3727
世界経済評論IMPACT No.3727

GXでeメタンのオフテーカーになりえるか:需要家としての都市ガス事業者

橘川武郎

(国際大学 学長)

2025.02.17

 日本政府が進めるGX(グリーントランスフォーメーション)では,「今後10年間で150兆円超の官民投資」が行われる見通しである。そして,その呼び水として,国債を発行して得る20兆円を,GXに先行的に取り組む企業や地方自治体に対して補助金として支給する方針が打ち出されている。

 補助金の支給対象には,水素・アンモニア・合成燃料(合成メタン,合成液体燃料[eフュエル],SAF[持続可能な航空燃料],合成LPガスなど)などの次世代燃料も含まれる。これらの燃料のうち,何にいくらぐらいの補助金が支給されるのだろうか。その際,判断の基準は,それぞれの次世代燃料の社会的実装のリアリティに置かれることになる。「今後10年間」と期限が定められているからだ。

 そうであるとすれば,次世代燃料に関して,補助金の支給対象・支給規模を決めるのは,需要家のあり方ということになる。この需要家に対しては,「引き取り手」という意味をもつ「オフテーカー」という呼称が使われる。強力なオフテーカーがいればいるほど,補助金は得やすいわけである。

 現時点で,次世代燃料に対する「強力なオフテーカー」として存在するのは,次の3者である。

 第1は,石炭火力発電事業者である。石炭火力のアンモニア火力への移行を進める電力業界には,アンモニアに対する強い需要が存在する。

 第2は,航空会社である。ICAO(国際民間航空機関)の規制強化にともない,航空業界は二酸化炭素排出量の削減に取り組まざるをえず,SAFへの強い需要を有している。SAFの製法は,当面,廃食油等からのHEFA(水酸化処理エステル・脂肪酸)や,バイオエタノールからのATJ(アルコール・トゥ・ジェット)が中心となるが,これらは原料調達面で限界があるため,やがてeフュエルの一種のeメタノールから生成するMTJ(メタノール・トゥ・ジェット)に置き換わっていくことだろう。

 第3は,海運会社である。IMO(国際海事機関)の規制強化にともない,海運業界もまた二酸化炭素排出量の削減に取り組まざるをえず,次世代燃料への強い需要を有している。コンテナ船世界大手のAPモラー・マースク(デンマーク)は,eメタノール船の導入に舵を切ったし,日本の海運大手の商船三井も,同様の方針をとっている。一方,もう一つの日本の海運大手である日本郵船は,アンモニア船の導入に力を入れている。

 このように見てくると,現状では,明確な需要が存在し,社会的実装のリアリティが高いのは,アンモニアやeメタノールであることがわかる。

 一方,カーボンニュートラル時代の次世代燃料の本命とされる水素に関しては,はっきりした需要先が見えていない。最大の需要先となるはずの水素発電の本格的な事業計画が,具体化されていないからだ。したがって,「今後10年間」を視野に入れるGXの補助金支給にあたっては,当初の予想より水素の比重が後退し,アンモニア・eメタノールの比重が増進することが見込まれる。

 ここで取り上げるべきは,都市ガス業界がカーボンニュートラル化の決め手とするeメタンには「強力なオフテーカー」は存在しないのか,という問いである。その問いには,「もちろん,存在する」と,答えることができる。都市ガス事業者自身が,やがてeメタンの供給者となり,「強力なオフテーカー」となるからである。

 ただし,問題は,そのタイミングにある。現在,都市ガス事業者が供給するガスの標準熱量は,1㎥当たり45MJ(メガジュール)である。供給対象をeメタンに転換すると,標準熱量は1㎥当たり40MJにまで低下する。この熱量低減を段階的に行うと,熱量調整コストが,そのたびにかかり,最終的に膨らんでしまう。そこで都市ガス業界は,ある時期に,一挙に熱量低減を実施するわけであるが,今のところ,その時期は,2045〜50年と想定されている(資源エネルギー庁「2050年に向けたガス事業の在り方研究会 中間とりまとめ」,2021年4月,52頁参照)。2045〜50年では,「今後10年間」を期限とするGXには間に合わない。都市ガス事業者は,将来的にはeメタンの「強力なオフテーカー」となるが,GXの期間中には,そうはならないのである。

 このような脈絡で,「今後10年間」に関する限り,「強力なオフテーカー」が見当たらないことが,eメタンへのGX補助金の支給を一定規模以内に限定づける要因となっている。どうすれば,良いのだろうか。

 打開策はある。「今後10年間」のあいだに都市ガス事業者が,ガス供給用ではなく,発電用燃料としてeメタンを使えば,良いのである。

 ここで,注目されるのは,2024年4月に長期脱炭素電源オークションで,それぞれ姫路天然ガス発電所3号機と千葉袖ケ浦パワーステーションとを落札した大阪ガスと東京ガスが,それらのLNG(液化天然ガス)専焼火力に将来,eメタンを導入する見解を示したことである(東京ガスの場合は,eメタンはあくまで一つの選択肢であり,他の選択肢として水素やCCS[二酸化炭素回収・貯留]にも言及した)。この火力発電所へのeメタン導入プランが「今後10年間」以内に実現すれば,eメタンについても,GXの期間中に,都市ガス事業者自身という「強力なオフテーカー」が出現する可能性がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3727.html)

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