世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3678
世界経済評論IMPACT No.3678

都市ガス事業者はDACに取り組むことが求められる:欧米で進む実用化

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.12.30

 DAC(直接空気回収技術)とは,大気からに二酸化炭素を直接,分離・回収する技術のことである。日本ではDACは,まだまだこれからの技術だとみなされている。しかし,この認識は二重に甘い。

 再生可能エネルギーのうちバイオマスは,風力,水力,太陽光・熱,地熱とは異なり,使用時に二酸化炭素を排出する。カーボンニュートラル燃料のうち合成メタン(e-メタン),合成液体燃料(e-フュエル),グリーンLPガスは,水素やアンモニアとは違って,使用時に二酸化炭素を排出する。

 今後,脱炭素に関する社会的要請のレベルがさらに高まると,バイオマス,e-メタン,e-フュエル,グリーンLPガスを取り扱う事業者は,「カーボンニュートラルな燃料だから問題ない」とあぐらをかいているわけにはいかなくなる。それらの燃料が使用時に二酸化炭素を排出する以上,カーボンニュートラルを超えて,DACに取り組むことを求められるようになるのである。これが,「認識が甘い」と言う一つ目の理由である。

 もう一つの理由は,欧米ではDAの実用化が,すでに進展していることである。DACは,けっして「未来の技術」ではないのである。

 昨年の夏,ヨーロッパとアメリカで,DACに携わる企業をそれぞれ訪問した。

 ヨーロッパで訪れたのは,スイスのチューリッヒにあるクライムワークス(Climework)社である。世界で初めてDACを商用化したことで知られるクライムワークス社は,マイクロソフト社が大口顧客となったこともあって,最近,国際的な注目を集めている。まず第1段階として,17年にスイス国内でkg規模(年間の二酸化炭素回収量,以下同様)のパイロット実証を始めた。その後第2段階として,アイスランドで21年に4000トン規模のオルカ・プラント,24年に3万6000トン規模のマンモス・プラントを相次いで稼働させ,DACの商用化に成功した。一貫して,エアフィルターで使用する吸着剤の長寿命化に取り組み,成果をあげてきた。アイスランドの両プラントのエネルギー源は地熱であり,回収した二酸化炭素は地中に埋めて鉱物化を図っている。24年には,DACの有効性に関して,国際認証を獲得した。24年6月に発表した第3段階では,6億ドルを投じてアメリカのルイジアナ州にマンモス・プラントの10倍以上の40万トン規模のプラントを新設し,吸着剤の寿命の3倍化,コストおよびエネルギー消費量の50%削減をめざすという。

 アメリカで訪ねたのは,カリフォルニア州のバークレーにあるエアマイン(AIRMYNE)社である。同社の場合は,DACの商用化を実現したクライムワークス社とは異なり,現時点ではスタートアップ企業の一つに過ぎない。見学したDAC装置も,ガレージに毛が生えたような小さな建物のなかに置かれていた。しかし,エアマインの技術には,注目すべき特徴がある。きわめてシンプルで,コストが安いことだ。

 クライムワークス社も含めて,世界でDACに取り組む多くの企業は,液状のアミン化合物を使っている。しかし,アミンを使用する方法は,コストが高くつく。一方,エアマイン社が進める方法は,アミンを使わず,シンプルであるため,コストが大幅に低下する。

 エアマイン社が採用するプロセスは,2段階に分かれる。まず,空気を高効率ファンを利用して気液接触器に送り込み,そこで液体溶剤を使用して,空気中の二酸化炭素を捕捉する(二酸化炭素捕捉後の空気は,環境に放出する)。その後,二酸化炭素を多く含む液体を脱着装置(ストリッピングカラム)に送り,そこで100℃超という比較的低温の蒸気で加熱して,純度の高い二酸化炭素を取り出し,貯蔵するのである。なお,二酸化炭素を放出したあとの溶剤は,廃棄物を最小限に抑えながら再び工程に戻され,循環的に活用される。

 気液接触器では,空気と液体溶剤との接触機会を最大限に増やすため,極めて細かい迷路状の構造物が用いられる。エアマイン社は,この構造物を,試作スピードを重視するため,市販の3Dプリンターや自作の金型プレスを使って,文字通り手作りで製造していた。

 以上のように,アミンを使用しない・二酸化炭素分離にそれほど大きなエネルギーを必要としない・装置の部材として特殊なものの使用を最小化する,といったことを組み合わせ,低コストのDAC装置実現を目指している。

 なお,見学時にまで作った38の試作機の製作に関しては,エアマイン社の近隣にあるスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校等から集まった若手研究者たちが力を発揮している。見学当日も,バークレーの現役工学部生から試作機の説明を受けたが,論理的で士気も高く,アメリカのスタートアップ企業の活力を実感することができた。エアマイン社のDAC装置には,日本から山際大志郎経済再生担当大臣(スタートアップ担当大臣,当時)やNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の関係者も,すでに見学に訪れたそうだ。

 ここまで述べてきたように,欧米ではDACの取組みが,日本よりだいぶ進んでいる。冒頭で指摘したように,わが国でも,バイオマス,e-メタン,e-フュエル,グリーンLPガスを取り扱う事業者は「DACに取り組むことを求められるようになる」が,それだけにはとどまらない。将来,CCU(二酸化炭素回収・利用)が実用化し,二酸化炭素が「悪者」から「いい者」になって商品価値を有するようになると,DACがもたらす純度の高い二酸化炭素は貴重なものとなる。我われは,その日までを見通す眼力を身につけなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3678.html)

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