世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3635
世界経済評論IMPACT No.3635

多彩なアプローチでGXシティをめざす苫小牧:CCS・水素・アンモニア・合成燃料

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.11.25

 岸田文雄前内閣は,2023年2月,「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。この「基本方針」は,足早に実行に移されており,23年5月にはGX推進法とGX脱炭素電源法が,24年5月には水素社会推進法とCCS事業法が,相次いで成立した。なお,CCSとは,二酸化炭素回収・貯留のことである。

 「GX実現に向けた基本方針」は,「今後10年間で150兆円超の官民投資」を喚起することを謳う。そして,そのためのトリガーとして,GX経済移行債(国債)の発行で得る資金を財源に,20兆円規模の先行投資支援を実施することを打ち出した。今,日本では,この政府支援を獲得するための地域間競争や企業間競争が激化している。

 競争激化の背景には,経済産業省が,22年10月に,水素・アンモニア・合成燃料のサプライチェーン構築に関して,向こう10年間に,大都市圏を中心に3ヵ所程度の大規模拠点と,地域を分散して5ヵ所程度の中規模拠点とを重点的に整備する方針を打ち出したことがある。同省は,24年1月には,24年中に案件採択の公表を始めると発表した。水素・アンモニア・合成燃料は,GXで活用する「クリーンなエネルギー」の代表格とされているから,各地域,各企業は,この「3+5ヵ所」の拠点選択レースに乗り遅れないよう,必死なのである。

 激化する拠点選択レースのなかで,ひときわ異彩を放つのが,北海道の苫小牧地区である。同地区では,CCS,水素,アンモニア,合成燃料のすべてを包含する多彩なプロジェクトが動き始めているのである。

 すでに苫小牧市では,苫小牧CCUS(二酸化炭素回収・利用,貯留)・ゼロカーボン推進協議会や苫小牧港港湾脱炭素化推進協議会を中心にGXに関する諸組織が,活発に行動している。そして同市は,23年11月,環境省の脱炭素先行地域にも選定された。これらを背景にして,ここ2年のあいだに,苫小牧地区では,GXにつながる企業間連携が,目まぐるしい展開を見せているのだ。

 まず23年1月,出光興産・北海道電力・JAPEX(石油資源開発)の3社が,苫小牧エリアにおけるCCUS実施に向けた共同検討を開始することを発表した。この動きの背景には,16年4月から19年11月にかけて,日本CCS調査(株)が苫小牧にあるCCS実証試験センターで,30万110トンの二酸化炭素の海底圧入に成功したという実績がある。これは,今のところ,日本で行われた唯一のCCS実証試験である。

 続いて24年2月には,出光興産・ENEOS・北海道電力の3社が,苫小牧エリアで「国産グリーン水素サプライチェーン構築事業」の検討を始めることを発表した。水素の需要先としては,苫小牧市内にある工場などを想定している。また,出光興産は,グリーン水素を使った合成液体燃料(e-フュエル)の生産への展開も,念頭に置いている。

 さらに24年4月には,北海道電力・北海道三井化学・IHI・丸紅・三井物産・苫小牧埠頭の6社が,苫小牧地域を拠点としたアンモニアサプライチェーン構築に向けた共同検討を開始することを発表した。この動きは,苫小牧市に隣接する厚真(あつま)町に立地する北海道電力苫東厚真火力発電所の燃料転換(石炭火力でのアンモニア混焼)と,密接に関連している。同発電所については,24年4月に結果が発表された長期脱炭素電源オークションにおいて,約定が成立したことが確認されている。

 そのうえ24年5月には,東京ガス・東京ガスエンジニアリング・王子ホールディングス・王子製紙の4社が,王子製紙苫小牧工場において,グリーン水素を活用した純国産e-メタン製造の検討を始めることを発表した。このプロジェクトの特徴は,王子製紙が苫小牧市に隣接する千歳市にもつ千歳第一水力発電所などで得た電力を使って,水の電気分解を行い,グリーン水素を確保する点にある。

 このように,苫小牧地区では,「CCS,水素,アンモニア,合成燃料のすべてを包含する多彩なプロジェクトが動き始めている」。まさに,「GXシティ苫小牧」と呼びうる状況が現出しているのである。

 24年6月,筆者は,「GXシティ苫小牧」の中核を担う出光興産北海道製油所と,同製油所に隣接する日本CCS調査のCCS実証試験センターを訪れる機会があった。北海道製油所では,二酸化炭素分離回収装置やCCUS関連装置の建設予定地を見学した。出光興産の他の製油所の場合とは異なり,広大な未利用敷地が存在することが,印象的だった。CCS実証試験センターでは,約1年前に訪問した時と比べて,活気がみなぎっていると感じた。センター内の施設が,「苫小牧エリアにおけるCCUS実施」プロジェクトにおいて,再利用される可能性が出てきたからである。

 とくに有意義だったのは,北海道製油所で,カーボンニュートラルに取り組む若い所員の皆さんと,直接,意見交換ができたことだった。所員たちの目は,高い使命感に裏打ちされて,キラキラと輝いていた。清新で爽快な気分に満たされた,北の大地での初夏の一日であった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3635.html)

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