世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ODAは信頼醸成の原資:日本のODA70年
(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)
2024.11.11
評価される日本のODA
日本が政府開発援助(ODA)の供与を開始して2024年で70年を迎えた。OECDによれば,データがある1960年から2023年までの累計ODA総額は6,384億ドルで,米国に次ぐ世界第2位である。日本のODAは,インフラを中心とし,主にアジアに供与されてきたのが特徴で,特にアジア地域を中心に,経済インフラの整備や貧困削減を通じて地域の発展に大きく寄与してきた。
アジア開発銀行(ADB)が2017年に発行した報告書「アジアのインフラ需要への対応(Meeting Asia’s Infrastructure Needs)」では,日本をはじめとする先進国のODAは,途上国の資金不足を補い,経済発展と貧困削減に寄与していること,日本のODAが質の高いインフラ提供や技術移転,人材育成を通じて,持続可能な開発を促進していると評価されている(注1)。1981年時点で82.6%であった東アジア・太平洋地域の貧困(1日2.15ドル。17年の購買力平価)人口比率は,22年までに1%へと低減した。
2023年11~12月に実施された「ASEANにおける対日世論調査」では,「日本は国際社会における開発協力(ODAを含む)においてどの程度重要な役割を果たしていると思うか」との設問に対して「(非常に,またはやや)重要な役割を果たしている」との回答は84%にのぼり,日本のODAはアジアで高く評価されていることが鮮明となった。
過去には批判も
しかし,70年に亘る歴史の中で,日本のODAが常に高い評価を受けてきたわけではない。ODAを取り巻く世論や環境変化を受け,繰り返し見直されてきた。もともと日本のODAは,英国が主導して1950年に立ち上げた経済協力プログラム「コロンボ・プラン」の加盟に端を発する。コロンボ・プランは,アジア諸国の経済的発展を支援するとともに,冷戦期において共産主義の浸透を防ぎ,自由主義陣営に引き込む狙いがあった。
一方,第二次世界大戦での敗戦後,1951年のサンフランシスコ講和条約調印によって主権の回復と国際社会に復帰した日本にとって,コロンボ・プランは賠償以外の形でアジアとの関係を再構築する貴重な手段であった。また,日本の賠償と経済協力で調達される物資,役務は日本のものに限定される「ひも付き」であり,日本企業の利益に直結した。
1960年代から70年代にかけて,日本のODAは「自国の経済利益を優先している」としばしば受入国側国民から批判される場面もあった。また日本企業がプロジェクト受注のため,独裁国家が多い被援助国の政府高官や有力者と不透明な関係を構築,汚職や癒着の温床との疑念を招いた。これら日本企業の行動は「エコノミック・アニマル」とも呼ばれ,1974年の田中角栄首相の東南アジア歴訪では,反日デモ・暴動の原因の一つとなった。
過去の経緯を踏まえ,日本は1992年に策定した初の「ODA大綱」で,「非軍事性」「環境配慮」「受入国の自助努力の支援」を基本原則に掲げ,援助の透明性を高めるため,ひも付き援助を段階的に廃止する「アンタイド化」を進めた。これにより,被援助国が他国の技術や製品も自由に選択できるようになり,日本のODAの透明性と国際的評価が向上した。
環境変化を受け変質する日本のODA
21世紀に入り,国際環境や価値観の変化に伴い,日本のODAも再構築されてきた。世界経済のグローバル化や地政学的な競争が激化する中,日本はODAについて戦略的な外交ツールとしての再構築を図った。2015年には「ODA大綱」が「開発協力大綱」へと改定され,ODAが日本の安全保障や国益に貢献するという考え方が明確化された。この改定は,ODAを戦略的な外交ツールとして活用する動きの一環である。また日本のODAは単なる経済支援にとどまらず,地域の持続可能な発展に貢献すべく,環境保護や災害リスク管理にも寄与する広範な支援体系となった。
更に2023年には同大綱が再び改定され,相手国からの要請を待たずに日本が主体的に支援を提案する「オファー型」が導入された。この新しいアプローチでは,日本企業の技術力を活用し,インフラ整備や技術協力の分野で官民連携を強化することが目指されている。
現在,更に途上国に民間投資を呼び込むため,ODAが途上国投資のカントリーリスクの一部を補完するなど,「触媒」としてのODA活用が検討されている。
日本の財産「信頼」を守るために
一方で,日本のODAは長年にわたり「相手国に寄り添う」姿勢を重視してきた。これは日本が築き上げた国際的な信頼の基盤であり,単なる国益重視の外交政策とは異なる。近年,地政学的要因や国内の財政問題により,「国益」や「民間資金の活用」に焦点が当てられる場面が増えているが,日本のODAは引き続き「信頼醸成」の基盤であることを忘れてはいけない。
今後のODAの活用には,日本が持つ技術や知見を活かしながら,相手国の発展に寄与する姿勢が求められる。例えば,インフラ投資だけでなく,教育や医療分野の技術支援,持続可能なエネルギーの推進など,多様な分野での支援が期待される。特にODAを通じた「人づくり」は地道な取り組みではあるが,被援助国の底上げに繋がるのみならず,日本の応援団づくりにも寄与する。日本はODAの「触媒」としての役割を強化し,新しい国際協力のモデルを構築しつつも,信頼の基盤を損なわないよう運用することが重要である。
このように,日本のODAは,過去の批判を乗り越えつつ,変化する国際環境に適応し,持続可能な開発に向けて進化し続けている。国際社会で培ってきた信頼と日本らしい支援の在り方を大切にしながら,今後も世界の平和と繁栄を支える存在として貢献し続けることが求められている。
[注]
- (1)"Official Development Assistance (ODA) from developed countries, notably Japan, continues to play a crucial role in supporting infrastructure development in developing Asia. ODA helps bridge the financing gap in countries where domestic resources are insufficient and supports projects that are not immediately attractive to private investors."(訳:「特に日本などの先進国からの政府開発援助(ODA)は,アジアの開発途上国におけるインフラ開発を支援する上で重要な役割を果たし続けている。ODAは国内資源が不十分な国々の資金ギャップを埋め,民間投資家にとってすぐには魅力的でないプロジェクトを支援している」)。
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