世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3578
世界経済評論IMPACT No.3578

欧州におけるカーボンニュートラル最前線

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.09.30

 2024年7月,(株)ガスエネルギー新聞が主催したカーボンニュートラルの最前線を訪ねる5泊7日の欧州ツアーに参加した。訪問したのは,いずれもスイスのチューリッヒにあるクライムワークス(Climework)社・ユニシーブ(UniSieve)社・シンヘリオン(Synherion)社,オーストリアのグラーツからバスで1時間ほどの距離の場所で進められているエネルギー・シュタイアーマルク(Energie Steirmark)社の「ガベルスドルフ・プロジェクト」,同じくオーストリアのウィーンにあるウィーン・エネルジー(Wien Energie)社のドナウシュタット・プラントの5ヵ所である。

 世界で初めてDAC(二酸化炭素の直接空気回収技術)を商用化したことで知られるクライムワークス社は,マイクロソフト社が大口顧客となったこともあって,最近,国際的な注目を集めている。まず第1段階として,17年にスイス国内でkg規模(年間の二酸化炭素化回収量,以下同様)のパイロット実証を始めた。その後第2段階として,アイスランドで21年に4000トン規模のオルカ・プラント,24年に3万6000トン規模のマンモス・プラントを相次いで稼働させ,DACの商用化に成功した。一貫して,エアフィルターで使用する吸着剤の長寿命化に取り組み,成果をあげてきた。アイスランドの両プラントのエネルギー源は地熱であり,回収した二酸化炭素は地中に埋めて鉱物化を図っている。24年には,DACの有効性に関して,国際認証を獲得した。24年6月に発表した第3段階では,6億ドルを投じてアメリカのルイジアナ州にマンモス・プラントの10倍以上の40万トン規模のプラントを新設し,吸着剤の寿命の3倍化,コストおよびエネルギー消費量の50%削減をめざすという。

 ユニシーブ社は,排ガスの分離膜の商用化を実現しつつあるスタートアップ企業である。分子の大きさに合わせた極細の管に排ガスを通すことによって,成分ごとに振り分ける。管を薄いシートに織り込み,それをグルグル巻きにして,太さや長さが異なるいくつかのタイプのカートリッジを作る。そのカートリッジを積層して,コンテナに積み込む。そのコンテナを工場の現場に運んで,分離膜として利用するわけである。この仕組みにより,分離プロセスのエネルギー消費量を10分の1にすることができたと言う。これを使えば,もちろん,排ガスから二酸化炭素を分離することができる。化学工場や製鉄所などの二酸化炭素排出量が大きい事業所では,分離膜の活用によって,CCU(二酸化炭素回収・利用)を効率的に展開することが可能になる。また,二酸化炭素だけでなく,さまざまな有用成分を取り出すことができるため,オフガスの再利用にも道を開く。すでにいくつかの化学企業と納入交渉を行なっているとのことで,実用化間近という印象を受けた。

 最近のICAO(国際民間航空機関)の規制強化にともない,航空業界は二酸化炭素排出量の削減に取り組まざるをえず,SAF(持続可能な航空燃料)への強い需要を有している。SAFの製法は,当面,廃食油等からのHEFA(水素化処理植物油・動物油)や,バイオエタノールからのATJ(アルコール・トゥ・ジェット)が中心となるが,これらは原料調達面で限界があるため,将来的にはメタノールから生成するMTJ(メタノール・トゥ・ジェット)に置き換わっていく。このMTJによるSAF供給にいち早く取り組んでいるのが,シンヘリオン社である。太陽熱・光エネルギーを用いて,化学反応により,いきなり一酸化炭素と水素からなるシンガスを作り,そこからメタノールを作る。つまり,メタノール製造に外部水素を必要としないのであり,大幅なコストダウンが可能になる。19年にスペインで実証試験を始め,22年にドイツで世界最初の工業化に成功した。すでに,スイス航空へのSAF納入が決まっている。

 エネルギー・シュタイアーマルク社の「ガベルスドルフ・プロジェクト」は,「水素イニシアチブ・モデル地区オーストリアパワー・アンド・ガス(WIVA P&G)」とも呼ばれている。構内にある出力850kWの太陽光発電装置で得られる電気を使って,水の電気分解を行い,水素を生産している。ただし,太陽光由来の電気だけでは必要量を満たすことができないため,グリッドからの電気も使用している。生産した水素は,メタンガスを主成分とする都市ガスに10%混入し,ガス導管を通じて供給する。26年には,水素混入率を20%に高める予定である。このプロジェクトの特徴は,水素の生産・供給だけでなく,メタネーションを行なってe-メタンを生産・供給している点にある。近隣で栽培されているトウモロコシから作られたバイオガスを原料にして,バイオガス中のメタンガスはガス導管へ直接導く。そのうえで,バイオガス中の他の成分から二酸化炭素を分離し,構内で得られた水素と合成して,e-メタンを生成するのである。毎時約20N㎥のe-メタンを取り出すメタネーション設備は,日立造船製であった。

 ウィーン・エネルジー(Wien Energie)社は,オーストリア最大のシュタットベルケ(地域公共サービスを担う公企業)のエネルギー部門を一手に担っている。同社のドナウシュタット・プラントを訪れるのは,5年ぶり2度目であるが,説明内容の変化に驚いた。19年の訪問の際には,CHP(熱電併給)の展開とブロックチェーン技術の活用が,説明の中心であった。ところが今回は,40年にカーボンニュートラルを実現するという目標に向けて,積極的にエネルギー転換を進めることを力説した。24年時点でウィーン・エネルジー社のCHPは,天然ガスや石油などの化石燃料を主たる燃料としているが,40年までに,石油だけでなく天然ガスの使用もやめる予定だと言う。代わりに活用するのは,水素,地熱(中心は地中熱),ヒートポンプ,廃棄物などだそうだ。現場での見学も,実証試験を終えたばかりの水素関連設備が中心であった。ウィーン・エネルジー社が脱天然ガスを急着,あまり現実的ではないエネルギー転換プランを掲げる背景には,ウクライナ危機による天然ガス供給途絶への危機感があると感じた。

 まさに,「百聞は一見にしかず」を地でいくツアーであった。日本では想像すらできなかったカーボンニュートラルに関する新しい知見を多々得ることができた。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3578.html)

関連記事

橘川武郎

最新のコラム