世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3559
世界経済評論IMPACT No.3559

魏哲家(C.C.ウェイ)評伝:TSMC会長・CEOの飾り気のない人柄

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.09.16

会長に就任

 TSMC(台湾積体電路製造)創業者の張忠謀(モリス・チャン)は,1987年から2005年まで同社のトップを務めた。2005年には現のメディアテック共同CEOの蔡力行(リック・ツァイ)に総裁(CEO)の座を譲った。しかし,折からのリーマンショックにより,TSMCの業績も低迷,蔡は投資計画の大幅縮小とリストラを敢行した。これに対しTSMCの従業員はデモとストライキで抗議し,同社の経営は大きな混乱に瀕した。2009年6月,事態収拾のため,モリスはCEOに復帰し,経営を正常な軌道(成長路線とリストラ廃止)に戻した。その後2018年6月5日にモリスは自らの退任を発表し,後任のCEOに魏哲家(C.C.ウェイ),会長に劉徳音(マーク・リュウ)を就け,「2トップ体制」に移行した。しかし,今年6月の株主総会で劉徳音が会長職を退くことが承認され,魏哲家が会長・CEOを兼職することとなった。以下では,魏哲家の半生とその人間像に迫る。

陽明交通大学から名誉博士授与式

 2024年3月,魏哲家は国立名門の陽明交通大学(交通大学と医学系の陽明大学と統合)から名誉博士の称号を受けた。同大学は魏が学士,修士を取得した母校でもある。

 授与式のゲストとして挨拶に立ったモリスは,「C.C.(魏)は,学生時代はそれ程勉学で優れた結果は残さなかったが,大学院の修士課程で何らかのものを体得した」と述べた。これに対し魏は「私は,創業者モリスの極めて優れた判断力と決断力を心から信頼しているが,唯一の例外は会社で私を叱責したことです」と述べ,出席者の爆笑を誘った。

 魏は台湾中部南投県の出身で,性格は素朴で明るくユーモアに富み,彼のような性格の大企業のトップは稀少だ。また,思ったことをざっくばらんに言う率直さと,決断の速さを有していることも,モリスが魏を後継に選んだ主な理由であろう。魏は交通大学以外でも優れた学歴(イェール大学で電機エンジニアリング博士号を取得)を持つ秀才である。口軽く迂闊な面もあると言われたが,逆に,人間性溢れる親しみを他者に与えている。

 2009年は魏にとって最も重要な一年であった。モリスは魏を,約1万人を擁するR&D部門の管理職から僅か数十人の営業部門のトップに移した。この時,魏は「より気楽に仕事ができる」と考え承諾したが,これは魏をCEOに就任させるためにモリスが与えた最初の試練であり,より困難な業務であった。

 魏は「新たな業務を気楽に引き受けたが考えが外れた。毎週,モリスの出席する会議に参加せねばならず,事前に分かっていたら断っていた」と述べ,会場からは笑い声があがった。

 6月の株主総会における劉会長の退任により,会長職を継承した魏について,モリスは「C.C.は3つの主要な部門(製造,R&D,営業)の全てを経験した」とし,彼がトップに立つための完璧な経歴を備えていることを絶賛した。

 魏は「優良企業がどうして次第に衰退し破綻するのか。それは経営トップが傲慢になったためである。このことを私は常に戒めとしている」と述べた。会長となった魏は名利にのぼせることがないように常に心配りをしており,彼に慢心は無い。

 魏は,ジム・コリンスの著書『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』(How the Mighty Fall: And Why Some Companies Never Give In)で提唱する仮説を援用し,「積極的に仕事を続け,人に接するときは謙遜が必要である」と強調する。理由として,トップの座に居座る人は,傲慢や自己中心になりやすく,他人の諫言を聞き入れないことがある。魏は各部門の管理職時代に,「顧客からのクレームは自らの進歩のチャンス」という「異なる立場での思考を学ぶべき」という持論を訓示として部下に与えてきた。顧客から製造受託した製品がより完璧になることで半導体のエコシステムが大きくなり,顧客とTSMCは共生することができるようになると言う。

 魏は「自前の製品を持たないファウンドリー業界は,扉を閉じていては成功のチャンスは訪れない。TSMCの貢献で顧客が成功することで,TSMCにも成功のチャンスが訪れる」と強調した。TSMCは世界トップのファウンドリー企業の座を他社に安易に引き渡すことはない。“世界のチャンピオン”の地位を維持するために,魏は「TSMCの核心は絶え間なく努力し続けることだ」と指摘した。

ドレスデン工場起工式

 8月20日,TSMCは,同社初の欧州における半導体生産拠点であるドイツ東部ザクセン州のドレスデン工場で起工式を行った。式典には欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長,ドイツのシュルツ首相らの重鎮が出席した。既掲の拙稿「TSMCのドレスデン工場起工式と研修」(No.3552)を参照されたい。

 熊本同様,TSMCのドイツの進出は,台湾への関心を惹き付けた。TSMCのドイツ進出の意義を2つの視点から見てみよう。まず,インテルの対独投資の遅れにより,TSMCへの期待が高まったことがある。当初にインテルは,TSMCよりも規模の大きい300億ユーロの投資をドイツに予定していた。しかし,巨額赤字やリストラ問題などインテルでは経営不振が続き,対独事業もいつになったら着手するか一筋未知の状態である。インテルの本体が手一杯の中,ドイツ案件に関わっていられないのが現状なのであろう。他方,TSMCは計画通りプロジェクトを進行させていることもあり,同社への期待が自ずと高まっているのが現状だ。

 次に「半導体外交」の視点である。起工式には上述のEUの重鎮のほか,TSMCの合弁企業ESMCの共同出資者であるボッシュ,インフィニオン,NXPセミコンダクターズのトップが出席した。欧州各国から台湾の重要性を再評価される好機となった。

 魏会長・CEOは起工式の挨拶で,出席の来賓の一人ひとりの名前を呼んで謝意を述べた。来賓の多くがドイツの名前であったため,魏は正確に読むには舌が回らないと冗談を言ったが,同時に来賓の皆が自身の苗字である「魏」の文字の書き順を間違えなく憶えるに,「恐らく1年間かかる」とユーモラスに述べ,会場の笑いを誘った。魏が自分の名前の「魏」を書くという意味は,TSMCの「企業文化と企業風土」への理解を暗示している。魏が言葉に込めた意味は,TSMCがドイツを学び,適応するだけでなく,ドイツもTSMCの「企業文化と企業風土」を理解し適応して欲しいとする希望を巧みに伝えたのである。

 魏は「ドイツでの投資コストは非常に高い。そのため,私たちは値上げをしなくて済む方法はないかと考えている」と述べた。魏の真意は,ドイツで半導体を製造する際,ドイツ政府から多額の支援金が提供されたが,人件費,材料費,輸送費など全般的に見積もっても,台湾製と同じ価格で供給することができず,より高い見積価格を覚悟するようにと言う暗示だ。

 さらに,魏は「TSMCの従業員は7万7000人いるが,2023年には従業員が2463人の新生児(赤ちゃん)を産み,TSMC社内の出生率は3.2%になった。この年の台湾の新生児は13万5000人で,台湾人口は約2400万人のため,出生率は僅か0.6%である。TSMCの出生率は台湾のそれの約5倍である」と述べた。これはドイツが少子高齢化による人材不足が深刻で,TSMCも適材を求めるのが難しい現状であることを婉曲に訴え,ドイツ政府関係者の危機感を煽ったものと考えられる。

時価総額1兆ドル企業の次の挑戦

 魏が台湾玉山科技協会に招かれて行った講演の最後に,「私が講演依頼を受け入れる条件は,それがTSMCのビジネスに役に立つことです。この会場で聴講される皆さんの中にTSMCの顧客がいらっしゃるようなら,より多くわが社に発注するようにお願いします」とユーモラスに述べた。

 また,母校のイェール大学でも,講演の締めくくりに「卒業後はTSMCに入社することを忘れないように」と語り,聴講者の笑いをとった。

 魏はどんな時でも人材確保と受注増に向けたセールストークを忘れない。地政学や地経学のリスクに直面する今,TSMCの日米独(熊本,アリゾナ,ドレスデン)進出で,魏が会長として直面する挑戦の難易度は,前任者の時代より高くなっている。この飾り気のない人柄の会長が,如何にして時価総額が1兆ドル(約158兆円)のTSMCを引率し,次の発展に向かわせるのか,その手腕に注目したい。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3559.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム