世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3529
世界経済評論IMPACT No.3529

次世代燃料へのGX補助金支給を左右する需要動向

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.08.19

 日本政府が進めるGX(グリーントランスフォーメーション)では,「今後10年間で150兆円超の官民投資」が行われる見通しである。そして,その呼び水として,国債を発行して得る20兆円を,GXに先行的に取り組む企業や地方自治体に対して補助金として支給する方針が打ち出されている。

 補助金の支給対象には,水素・アンモニア・合成燃料(合成メタン,合成液体燃料[eフュエル],SAF[持続可能な航空燃料],合成LPガスなど)などの次世代燃料も含まれる。これらの燃料のうち,何にいくらぐらいの補助金が支給されるのだろうか。その際,判断の基準は,それぞれの次世代燃料の社会的実装のリアリティに置かれることになる。「今後10年間」と期限が定められているからだ。

 そうであるとすれば,次世代燃料に関して,補助金の支給対象・支給規模を決めるのは,需要のあり方ということになる。需要の所在が明確であればあるほど,補助金は得やすいわけである。

 現時点で,次世代燃料に対して明確な需要が存在するのは,次の3分野である。

 第1は,石炭火力である。石炭火力のアンモニア火力への移行を進める電力業界には,アンモニアに対する強い需要が存在する。

 第2は,航空機である。ICAO(国際民間航空機関)の規制強化にともない,航空業界は二酸化炭素排出量の削減に取り組まざるをえず,SAFへの強い需要を有している。SAFの製法は,当面,廃食油等からのHEFAや,バイオエタノールからのATJ(アルコール・トゥ・ジェット)が中心となるが,これらは原料調達面で限界があるため,やがてeフュエルの一種のeメタノールから生成するMTJ(メタノール・トゥ・ジェット)に置き換わっていくことだろう。

 第3は,船舶である。IMO(国際海事機関)の規制強化にともない,海運業界もまた二酸化炭素排出量の削減に取り組まざるをえず,次世代燃料への強い需要を有している。コンテナ船世界大手のAPモラー・マースク(デンマーク)は,eメタノール船の導入に舵を切ったし,日本の海運大手の商船三井も,同様の方針をとっている。一方,もう一つの日本の海運大手である日本郵船は,アンモニア船の導入に力を入れている。

 このように見てくると,現状では,明確な需要が存在し,社会的実装のリアリティが高いのは,アンモニアやeメタノールであることがわかる。一方,カーボンニュートラル時代の次世代燃料の本命とされる水素に関しては,はっきりした需要先が見えていない。最大の需要先となるはずの水素発電の本格的な事業計画が,具体化されていないからだ。したがって,「今後10年間」を視野に入れるGXの補助金支給にあたっては,当初の予想より水素の比重が後退し,アンモニア・eメタノールの比重が増進することが見込まれる。

 ただし,今後,水素の需要先として,部品製造工場が急浮上する可能性がある。「サプライチェーンのカーボンフリー化」への社会的要請が高まるなかで,組立メーカーのあいだには,二酸化炭素を排出する部品製造工場からの製品納入を拒絶する動きが広まりつつある。この動きに対応するために部品製造工場は,排出する二酸化炭素を回収して水素とマッチングし,カーボンリサイクルを実現せざるをえない。水素を必要とする部品製造工場が次世代燃料の第4の需要先として登場する可能性は,高いのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3529.html)

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