世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3522
世界経済評論IMPACT No.3522

TSMCの強さを支えるサプライヤー:家登精密と弘塑科技の事例

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2024.08.19

 現在,世界で3nm(ナノメートル)の先端半導体を製造することができるのは,TSMC(台湾積体電路製造)とサムスンであるが,前者の市場シェアは9割以上と突出している。TSMCの高い市場シェアと高い良品率を支えるのは,自社の弛みない研究開発(R&D)とイノベーション活動に加えてサプライチェーンにより緊密に連携する関係企業の存在がある。本稿ではフォトマスクの収納容器を製造する家登精密(Gudeng Precision)と傘下の家碩科技(Gudeng Equipment),および先端封止装置製造の弘塑科技(GPTC)の事例を論じる。

家登精密について

 「フォトマスク」とは,半導体チップの回線設計図が描かれたPET素材でできた透明なプレートである。DUV(深紫外線)やEUV(極端紫外線)リソグラフィは,フォトマスクを通じて,紫外線をウエハーに投射し,回線設計図を“複写する”役割を果たしている。複写機を使ってコピーする原理に似ている。「フォトマスクの収納容器」とは,このフォトマスクを収納する容器である。

 TSMCのフォトマスクの収納容器を供給する企業が家登精密だ。EUV専用のフォトマスクの収納容器は,一般のフォトマスクの収納容器よりも精密で,製造の難易度も高くなる。単にフォトマスを収納する「容器」と異なり,収納容器内に特殊ガスを充填することによって,湿度をゼロに制御し,フォトマスクの劣化を防ぐ。仮にこの処置をしないと,露光の後にフォトマスクが破損することがある。

 家登精密のフォトマスクの収納容器は,フォトマスクの周辺にガスを充填できるスペースがあり,EUVリソグラフィの露光処理後のフォトマスクを適切な状態に保つことができる。仮に湿度をゼロに保てない場合,ナノ単位の露光処理は不可能になる。それ故,EUV専用のフォトマスクの収納容器は製造が難しく,また多くの製造特許で守られているため,他の事業者の新規参入も極めて困難だ。

 家登精密がTSMCに製品を供給できた背景には次のような事情がある。TSMCは製造技術の進展によって,世界でもTSMCほか1~2社しか線幅3nm(ナノメートル)の先端半導体を製造することができず,同様に先端フォトマスクの収納容器を製造できる企業は国際的にも存在しなかった。そのため,TSMCは家登精密を指導し,ステップ・バイ・ステップの試行錯誤を繰り返して高性能のフォトマスクの収納容器を完成させた。家登精密が財務危機に陥った時には,TSMCが全面的に支援し,難局を乗り切ったこともある。

 家登精密傘下の家碩科技は,フォトマスクの収納容器製造機器を作る専門企業である。これら重要なサプライヤーの支えがあったからこそ,TSMCは先端半導体製造の技術と高い良品率を保つことができている。

 家登精密・家碩科技の邱銘乾董事長(会長)は,「我が社のEUVフォトマスクの収納容器は,24時間全工程においてフォトマスクを適切な環境に保つことができます。TSMCの先端半導体の製造には,TSMCと共同開発した我が社のフォトマスクの収納容器が欠かすことのできないものであり,我が社もTSMCに随従し日米両国にも進出しました」と述べた。2024年4月,家登精密は福岡県久留米市にある久留米広川新工業団地に用地を取得し,年内にも工場の建設を開始すると報じた。

弘塑科技について

 TSMCの3D先端封止技術「CoWos(Chip on Wafer on Substrate,コワース)」を論じる場合,弘塑科技は欠かすことができないサプライヤーである。弘塑科技は1993年設立の半導体のエッチング,金属化学メッキ,清洗,封止の設備製造を主力ビジネスとする企業である。TSMCの半導体生産能力が急速に進展したことで,先端封止のCoWos技術が開発された。これにより,弘塑科技には長期安定した需要が存在すると市場からは評価されている。特に,Nvidiaが開発したH100や次世代のGB200などには,GPU(グラフィックス処理装置)とHBM(広帯域幅メモリ)の積層化にCoWos技術が必須だ。大きなビジネスチャンスの到来によって,弘塑科技の株価は2023年の230台湾ドル未満から今日では900台湾ドル台に3倍以上も上昇した。

 弘塑科技の黄富源総経理は「当初,顧客(TSMC)でさえ先端封止技術のための設備をどのような仕様で発注したら良いか分からなかった。それ故,弘塑科技のプロトタイプ(試作品)を見た彼らは“芸術品”と表現した」と微笑んだ。この話からも明らかだか,TSMCが先端封止技術CoWosを開発した当初は,その装置に関する仕様は固まっておらず,1枚の青写真をもって弘塑科技がこれに取り組んだ。しかし完成に至るまでには多くのノウハウが必要であった。

 石本立CEOは「顧客から大まかな説明を受け,そのニーズに従い,化学品をどのように処理するか。例えば,薬品の成分,装置の環境でどのような配合が必要なのか,液浸方式か,それとも噴射方式かなどを考える必要があった」と述べた。

 弘塑科技業務総処の梁勝銓総処長(所長)は,「私たちは顧客(TSMC)の先進封止技術の進展と共に成長した。例えば,Hybrid Bonding(ハイブリッド接合)技術に進む場合,もともと使用する化学品を変更する必要がある。異なる化学品の特性により,装置内の流体状態も異なるため,装置内を常に最適な状態に保つ必要がある。これは装置設備企業である我々の重要な任務であり,達成することはもとより,理論的な基礎と反応のメカニズムを顧客に説明する責任がある」と述べた。

 同総処長は「顧客から提出されたモジュールの機能修正に,当社では約3週間が必要と示したところ,顧客からは3日間での修正を求められた。これは殆ど達成不能の挑戦であった。我々はR&Dチームのメンバーを総動員し,1日3交替の各班8時間での開発リレーを行い,結果,4日間で修正を終えた」と述べた。

 なぜ弘塑科技が難しい任務を達成することができたのか。筆者は次の3点に理由があると考える。すなわち,①弘塑科技は,2013年に化学品企業の「添鴻科技(Chemleader)」を買収しており,先端封止に必要とする化学品の変更は添鴻科技が行った。弘塑科技は顧客のニーズにつき事前に情報を収集し,月に1回の部門を越えての会議で,それを添鴻科技に伝達し,前もってR&Dに取り込むことができた。

 ②弘塑科技は,2018年に設備装置商社の「佳霖科技(Challentech)」を買収したことから測定計器領域にも精通していた。先端封止が3D積層化に入り,より複雑な構造となったことで,測定の難易度も大幅に上昇した。波長が最も高い超音波,赤外線から最も短いX線光の異なる波数の上で対応する最適の測定のソリューションを探し出す技術が求められるが,TSMCの厳しい良品率にも対応することができた。

 ③弘塑科技は,2018年に「エンジニアリングデータ分析ソリューション」を提供する「太引資訊(TYNESYS)」に投資した。先端封止では多くの異なる機能の部品を統合する必要があるが,一部の部品やシステムの不具合が全数廃棄に結びつく可能性がある。例えば,モーターの出力に異常が生じた場合,警報予告メカニズムを備えていれば,振動値を制御して早期に対処することができる。顧客(TSMC)からの生産ラインの設備の正常維持を掌握し,老朽化による良品率の低下状況を防ぐ「防御強化メカニズム」の採用要請に対しても適切に対応することができた。

 弘塑科技は,上述の3つのケースにおいて,企業買収や資本参加を通じて適切に対応することができ,TSMCのサプライチェーンの重要なポジションを勝ち取った。以前の弘塑科技の株価はわずか200台湾ドル余りであったが,TSMCのCoWosのサプライヤーに加わってからは,1200台湾ドルと約6倍に上昇した。EPS(1株当たり純利益)で見ても,以前は年間で最大10~15台湾ドルであったものが,現在では年間30台湾ドル以上に達している。TSMCのサプライチェーンに加わるためのハードルは極めて高いが,その見返りも大きいことが分かる好例と言えよう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3522.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム