世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3493
世界経済評論IMPACT No.3493

欧州型オルド・ネオリベラリズムの源流

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)

2024.07.22

 2024年4月26日,マクロン大統領がソルボンヌ大学で再び言及したように,欧州統合はオルドリベラリズムの考えとは深いつながりがある。EUの市場原理,幻となったEU憲法案や,それを受け継いで修正された内容のリスボン条約の有効性,社会民主主義的中道主義の行き詰まり,独仏伊英のポピュリズム右派の台頭,など欧州における市場と民主主義の図式の狭間で発生するせめぎ合いが緊張と政治的混乱として一気に表面化している。

 欧州の市場統合は加盟国域内の自由競争原理を通じて域内加盟国間の不均衡を是正して市場の収斂を目的とするものであった。統一通貨統合の面でも,ロバート・マンデルの最適通貨圏理論においても,資本,労働,モノ,サービスの域内自由移動がユーロ創設の前提であった。産業組織面における競争原理の重要性は論を俟たない。しかし,市場では独占,寡占,複占,など多国籍企業のみならず中国企業による非競争的行動に対する警戒感はいよいよ本格化してきた。欧州がこのままでは米中の狭間で世界の中で埋没してしまうという危機感が覆っている。

 欧州憲法案採決のためのEU加盟国の国民投票では,2005年にフランスとオランダで否決されてしまい,憲法は宙に浮いてしまった。米国型の自由競争重視の憲法草案に対する懸念が国民投票の結果で示されたのであった。欧州憲法に代わるリスボン条約では,「自由で公正な秩序ある競争」という基本原理が明確に加味された。完全雇用と社会的厚生の進歩を目標とし,高度に競争する能力をもった社会的市場経済であるとEU機能条約第3条にも記載された。EUの目標としての社会的市場経済は,オルドリベラリズムとしてマクロン大統領のソルボンヌ大学講堂での演説,フォンデアライエンEU委員長やショルツ首相の所信演説でも,確認されているところである。フランスはEUの母体になった1951年結成の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)におけるカルテルや反トラストの面で影響力を発揮してきた。ECSC外相会議の要請でまとめられた「スパーク報告」(ベルギー外相スパークを中心に取りまとめたられた「欧州共同市場計画」案)の提案は,合併後の企業の全世界での売上高が50億ユーロ以上で,EU市場での売上高が2億5,000万ユーロ以上ある場合市場寡占に結びつく企業の合併・買収,超国家機関により水平的(同業者間)または垂直的(流通ルートの上下間)合意により競争を阻害する行為を行うこと,また,ある市場において支配的な立場を濫用することは禁じる反トラスト行為,加盟国政府は,特定の経済活動を奨励したり,国家の産業を保護するために一部の民間企業を公的に支援することもある。これらの国家補助が公正な競争と域内貿易にとって好ましくない場合,欧州委員会は罰則に基づき禁止または介入することになっている。

 当初から欧州共同体の競争理念は,オルド自由主義学派の市場経済的プログラムへと方向づけられていたが,1980年代以降はリスクや不確実性排除を重視する米国のシカゴ学派の影響を受けた。とりわけ欧州では市場における支配権力の分散の方向に向かったが,これはまさにオルドリベラルの立場でもあった(注1)。EU委員会はデジタル市場条例(DMA)による反トラスト法施行によって大先端企業の反競争的行為を罰することになった。EU委員会競争総局は,民主主義の最大の敵を企業,労組,政治など独占的支配あるとする米国のH.サイモンズ(Henry Simons)の考えを採用して経済的な権力の分散を奨励した。計画経済と共産主義に反対して自由主義経済の重要性を唱えるモンペルラン協会(Mont-Pelerin)においては米国のダイレクター(Aaron Director)とドイツのオイケン(Walter Eucken)の両者は公正取引の方法の違いを除いては意気投合したのである。個人的かつ経済的自由の双方を重視するリバリタリアニズムの旗手,フリードリヒ・ハイエクは市場において安い経済コストで最大利潤を生む「独占的」利潤を上げる企業を排除する理由は全くないとした。この時点でハイエクの競争概念は,新古典派とは決定的に決裂したと言えよう。ハイエクは誠に経営戦略論の嚆矢を切った経済学者である。競争優位によってその独占的市場と言えども,ライバル企業からの脅威にさらされて外からの参入は十分に可能であるとしたのである。ハイエク流シカゴ学派の米国型ネオリベラリズムと欧州大陸のモンペルラン学派流の社会市場経済が収斂することによって社会民主主義にある欧州統合において社会市場経済,オルドリベラルがその土台を形成したのである。米国では規制緩和の流れ,欧州統合では国家の競争条件の監視を担う競争政策に向かっていったのである。EU委員会の主導していく競争政策は,EUという市場での言わばプラットフォーマーである。国境を超えた大陸レベルの規制を嫌悪する各国の保守右派政党がそれに寡黙である所以である。

 筆者が今年6月のパリ滞在時に招待されたある邸宅での50人規模のピアノリサイタルでは,なんとその参加者の大半の人々は選挙では国民運動(RN)に投票したいとすることをはばかることなく表明していた。エコノミストのトマ・ピケティ,人類学者のエマヌエル・トッドが言うように中間階層が衰退するとともに行き所を失い,それについて有意な政策を示しえない左右の中道主義政党に落胆して背を向けていることを垣間見た気がした。中道主義政治の源流とも言えるオルドリベラリズムは今,岐路に立っている。

[注]
  • (1)le néoliberalisme . Que-sais je ? p.72
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3493.html)

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