世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3371
世界経済評論IMPACT No.3371

トランプ刑事事件:ようやく始まる口止め料事件の公判

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.04.08

 トランプ前大統領(以下,トランプ)の4つの刑事事件のひとつ,2016年の大統領選挙前にトランプがポルノ女優ストーミー・ダニエルズとの性的関係を口外しないように,彼女に支払った13万ドルの口止め料に関する裁判が,いよいよ4月15日から始まる。事件の訴因は,彼女に口止め料を支払った行為そのものではなく,トランプが元顧問弁護士マイケル・コーエンを介して支払った口止め料を,コーエンに対する弁護士料と偽って帳簿に記載したことにある。これが,連邦法違反の第1級業務記録改竄として起訴された訴因である(詳細は既掲の拙稿2023年4月17日付No.2918参照)。

トランプの裁判戦略:公判に入らせない,公判をできるだけ引き伸ばす

 前職,現職の大統領が刑事事件で起訴されたのは今回が米国史上初めてだが,事件は1件だけではなく4件,しかも罪状は合計88件に上る。

 起訴された4件の事件は,今回裁判が始まる口止め料事件(2023年3月起訴,罪状34件),政府機密文書の隠匿・返還拒否事件(同年6月起訴,罪状40件),2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件(同年8月起訴,罪状4件),およびジョージア州大統領選挙介入事件(同8月起訴,罪状10件)だが,いずれの事件もトランプ側弁護団が異議を申し立て,公判開始が予定より大幅に遅れている。今回の口止め料事件も,予定通り4月15日に公判が開始されるかどうか,メディアも疑っている。トランプ弁護団から何が飛び出すか予想がつかないからである。政治情報誌POLITICO(3月11日付)は,トランプは口止め料事件が大統領就任前に起こったにも関わらず,大統領免責の適用を要求するのではないかと報じている。

 トランプの裁判戦略は,あわよくば公判を棄却させること,公判になった場合は,あらゆる手段を使って公判の開始を遅らせ,控訴して判決を確定させないことにある。公判を11月5日の大統領選挙後まで遅延させて,大統領選挙への影響を回避する。仮に有罪になっても,大統領に当選してしまえば大統領免責特権を行使して無罪にできるとトランプ側は考えている(この議論には専門家も疑問視している)。潔く法廷で身の潔白を証明しようというような真面目な考えは,トランプの頭には毛頭ない。

当初の公判は3月25日開始の予定だった

 そもそも口止め料事件の公判は3月25日に始まることになっていた。それがなぜ4月15日に先送りにされたのか。ニューヨークタイムズ紙(NYT)やワシントンポスト紙(WP)の記事(電子版)を読んでも理由が判然としない。しかし,3月14日付NYTに添付された検察側の資料を読んでようやく事情を理解できた。

 この資料は,事件(事件名は「ニューヨーク州民対ドナルド・トランプ」)を起訴したマンハッタン地検のアルビン・ブラッグ検事が,3月14日に公判を担当するニューヨーク州最高裁のフアン・マーチャン主任判事に送った意見書である。これによると,トランプ弁護団は2024年1月18日,連邦検察局(USAO)に請求して入手した約7万3,000ページおよび3月13日に得た約3万1,000ページの事件関係書類を根拠に,事件の棄却と公判の90日間延期を求めた。しかし,ブラッグ検事は,これら資料の提出が遅れたのは,USAOに対する弁護団の資料請求が遅れたことによるもので,USAOに非はない。弁護団がUSAOから得た事件関係資料は,マンハッタン地検がすべて2023年6月8日に弁護団に開示しているのに,弁護団はそれから9ヵ月間何もせず1月18日になってUSAOに資料請求を行ったことこそ,弁護団の怠慢だと批判した。

 公判が始まる予定だった3月25日は,ニューヨーク最高裁のマーチャン判事による聴聞会となり,ここでマーチャン判事はトランプ,同弁護団,マンハッタン地検を前に,ブラッグ検事がマーチャン判事に要請した通り,弁護団が求めた90日間ではなく,30日間だけ公判開始を遅らせ,4月15日に公判を開始すると通告した。

 この事件でも,上述のようにトランプ側は裁判の遅延戦略を展開したが,十分な成果を挙げることができなかった。それだけでなく,トランプの常套手段である検事,判事などを口汚く罵り続ける対応に対して,マーチャン判事は3月26日,トランプに箝口令を命じると同時に,弁護団に対して法廷ではプロフェッショナルな言動を取るよう厳しく警告した。

 なお,マーチャン判事は南米コロンビアの首都ボゴタで6人兄弟の末っ子として生まれ,6歳の時に米国に移住し,ニューヨーク市クイーンズ区で育った。ブルームバーグNY市長からブロンクス家裁判事に任命され,2022年にはトランプ・オーガニゼーションに関わる刑事事件で首席判事を務めた。ブラッグ検事もアフリカ系のマイノリティだが,被告と弁護団は白人である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3371.html)

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