世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3337
世界経済評論IMPACT No.3337

賃貸住宅LPガス取引適正化の到達点と課題(続)

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.03.11

 2024年1月29日に開催された総合資源エネルギー調査会資源・燃料分科会石油・天然ガス小委員会液化石油ガス流通ワーキンググループ(以下,WGと表記)の第8回会合は,LPガス取引適正化に関する「中間とりまとめ(案)」について議論し,事務局(資源エネルギー庁資源・燃料部燃料供給基盤整備課燃料流通政策室)が提示した原案を,大筋において承認した。今後,この「中間とりまとめ(案)」は,パブリックコメントにかけられ,それをふまえて,今年4月には関係省令が改正,公布される予定である。資源エネルギー庁資源・燃料部が2024年2月2日に発表した「LPガスの商慣行是正に向けた対応方針 中間とりまとめ(案)概要資料」(以下,概要資料と表記)によれば,LPガス取引適正化にかかわる今回の制度改正のポイントは,以下の3点にある。

(1)過大な営業行為の制限→改正省令の公布から3ヶ月後(2024年夏頃)施行予定。罰則規定のある条文に位置づける。

  • ・正常な商習慣を超えた利益供与の禁止
  • ・消費者の事業者選択を阻害するおそれのある,LPガス事業者の切替えを制限するような条件付き契約締結等の禁止

(2)基本料金・従量料金・設備料金からなる三部料金制の徹底(設備費用の外出し表示・計上禁止)→改正省令の公布から1年後(2025年春頃)施行予定。罰則規定のある条文に位置づける。

  • ・基本料金,従量料金,設備料金からなる三部料金制(設備費用の外出し表示)の徹底
  • ・電気エアコンやWi-Fi等,LPガス消費と関係のない設備費用のLPガス料金への計上禁止
  • ・賃貸向けLPガス料金においては,ガス器具等の消費設備費用についても計上禁止(LPガス料金の算定の基礎となる項目を基本料金,従量料金,設備料金とした上で,設備料金は「該当なし」と記載)
  • 【注】施行時点における消費者との液化石油ガス販売契約(既存契約)については,投資回収への影響等を鑑み,設備費用の計上自体は禁止せず,設備費用の外出し表示(内訳表示の詳細化)を求める。その上で,新制度への早期移行を促していく。

(3)LPガス料金等の情報開示→改正省令の公布から3ヶ月後(2024年夏頃)施行予定。

  • ・入居希望者へのLPガス料金の事前提示の努力義務(入居希望者に直接又はオーナー,不動産管理会社,不動産仲介業者等を通じて提示)
  • 【注】入居希望者からLPガス事業者に対して直接情報提供の要請があった場合は,それに応じることが必要(義務づけ)

 また,概要資料は,制度見直しの実効性を確保するための方策として,監視・通報体制の整備,関係省庁と連携した取組み,商慣行見直しに向けた取組み宣言,公開モニタリングの実施,などを進めるとしている(8頁参照)。

 全体としてみれば,この「中間とりまとめ(案)」が打ち出した制度見直しは,LPガス取引適正化を進展させるうえで重要な橋頭堡になると,高く評価することができる。ただし,残された課題が大きいことも,直視しなければならない。課題は,二つの点に集約される。

 一つは,今回の制度見直しはあくまで賃貸集合住宅を対象にしたものであり,戸建て住宅に関するLPガス取引適正化は将来の課題とされた点である。居住者=消費者の被害が顕在化しているのは賃貸集合住宅においてであるから,それをめぐるLPガス取引適正化が先行することには,異論がない。一方で,今回,戸建て住宅に関するLPガス取引適正化が先送りされた事情には,目を向ける必要がある。それは,WGに委員を送り込んだ大手LPガス2社(ニチガスとトーカイ)が,賃貸集合住宅におけるLPガス料金への設備費混入に反対する点では一致したものの,戸建て住宅における貸付配管の取り扱いについては対立したままだったという事情である。その結果,戸建て住宅に関するLPガス取引適正化については,3年後(2027年)まで制度見直しが先送りされることになったのである。

 もう一つは,関係者の当事者意識が十分だとは言えず,肝心の賃貸集合住宅におけるLPガス取引適正化に関しても,その実効性が完全に担保されているわけではない点である。この点は,WG第8回会合での各委員・オブザーバーの発言からも,窺い知ることができる。

 例えば商慣行見直しに向けた取組み宣言を取り上げれば,これは,LPガス取引適正化の重要な第一歩であり,LPガス事業者やその業界団体が自主的に進んで行うべきものである。この取組み宣言に関しては,すでに2023年11月22日開催のWG第7回会合の場で事務局から具体的な方向性が打ち出されていたのであるから,本来であれば,2023年11月〜2024年1月のあいだに,心あるLPガス事業者が宣言を実行するか,あるいは業界団体である全国LPガス協会が宣言用のフォーマットを準備するか,すべきであった。ところが,2024年1月WG第8回会合の席上,全国LPガス協会を代表する委員やオブザーバーは,この宣言について,大手LPガス事業者が率先して実施するべきものだと主張し,それを待っているため,いまだに具体的な行動を起こしていない(フォーマットもまだ作成されていない)ことを明らかにした。「ファーストペンギンにはリスクがともなう」から,大手でない一般の事業者は宣言に踏み切ることができない,と言うのである。しかし,賃貸集合住宅におけるLPガス料金への設備費混入を行なっているのは,大手LPガス会社に限られるわけだけでなく一般の事業者にも及んでいることは,周知の事実である。大手LPガス会社はもちろんのこと,一般の事業者もまた,商慣行見直しに向けた取組み宣言を進んで実行しなければならないはずである。WG第8回会合における全国LPガス協会の委員やオブザーバーの発言からは,LPガス取引適正化の取り組む十分な当事者意識を感じとることができなかった。そもそもファーストペンギンとは,リスクを承知で最初の一歩を踏み出すベンチャー精神に対して敬意を表す言葉である。それを持ち出して,宣言という最初の一歩を踏み出さないことの言い訳にするのは,ファーストペンギンに失礼であると言わざるをえない。

 一方,大手LPガス会社の側にも,問題がある。WG第8回会合の席上,大手LPガス2社の委員は,賃貸集合住宅におけるLPガス料金への設備費混入に反対することを表明しつつも,口をそろえて,LPガス事業者の切替えを制限するような条件付き契約の締結を禁止する必要性を強調した。たしかに,中小のLPガス事業者の一部には,大手の切替え攻勢をおそれて,賃貸集合住宅のオーナーに対して,自らが設備費の負担をする代わりに長期のガス供給契約の締結を求める動きがある。したがって,消費者の事業者選択を阻害するおそれのあるこのような長期契約の締結禁止を求める大手LPガス会社の要求それ自体は,理にかなったものである。しかし,LPガス取引適正化を論じるにあたって,切替えを制限する長期契約締結の禁止ばかりを強調する大手LPガス2社の委員の姿勢には,強い違和感を覚えた。そこには,中小LPガス事業者と賃貸集合住宅オーナーとの長期契約が無くなった暁には,強力な切替え攻勢をかけるぞというねらいが見え隠れしたからである。このような懸念については,筆者が感じただけでなく,WG第8回会合をオンラインを通じて視聴した多くの方々も共有されたことだろう。と言うのは,大手LPガス会社の強引な切替え営業がもたらすトラブルについては,これまでのWGの各会合で,消費者委員や他のLPガス事業者が繰り返し言及してきたからである。

 大手LPガス会社委員のWGでの発言には,そのほかにも問題がある。一部の大手LPガス会社は,LPガス料金への設備費混入に反対しながら,賃貸集合住宅のオーナーに対して自らが設備費の負担をすることを持ちかけて強引に切替えを実施する,制度改正前の「抜け駆け営業」を積極的に行なっていると,多くの関係者が指摘しているからである。ここでは,体力のある大手LPガス会社の場合には,設備費をLPガス料金に混入して消費者に転嫁することをすぐに実行しなくとも経営が立ち行くという事情に,目を向けるべきである(もちろん,「抜け駆け営業」後時間が経ってから,徐々に消費者へ設備費を転嫁するおそれもある)。つまり,一部の大手LPガス会社の場合,WGで代表が言っていることと,実際にやっていることが,大きくかけ離れているのである。このような言行不一致が解消されない限り,LPガスの取引適正化が進展しないことは,火を見るより明らかである。

 当事者意識の発揮という点では,今回の制度改正にあたって事務局をつとめた経済産業省は,相当に健闘したと言うことができる。ただし,そこには一定の限界がある点も,見落としてはならない。その限界は,制度改正の三つのポイントのうち,過大な営業行為の制限と三部料金制の徹底に関しては罰則規定付きの義務化としたものの,LPガス料金等の情報開示に関しては罰則規定なしの努力義務にとどめたことに,端的な形で示されている。

 LPガス料金等の情報開示を遂行するためには,LPガス事業者だけでなく不動産業者等の参画が必要不可欠である。不動産業者等を管轄するのは経済産業省ではなく国土交通省であり,経済産業省令の改正だけでは,LPガス料金等の情報開示を義務づけることはできない。つまり,LPガス料金等の情報開示に関して努力義務にとどめたということは,今回の制度改正にあたって経済産業省は健闘したものの,今のところ,省庁の壁を超えてLPガスの取引適正化を断行するまでの当事者意識を発揮しているわけではないということになる。

 現に消費者被害が生じている以上,LPガス取引適正化の断行は,経済産業省だけでなく日本政府全体が責任を持つべき問題である。WGでの消費者委員の重ねての要請を受けて,ようやく国土交通省は,WG第8回会合の席上,宅建業法の見直しについて検討する旨を発言した。国土交通省は,重い腰をあげて,LPガス取引適正化に本格的に取り組むのか。今後,日本政府全体は,LPガス取引適正化の断行をどのように進めるのか。われわれ国民は,引き続き注視していかなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3337.html)

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