世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3293
世界経済評論IMPACT No.3293

高温の熱を利用する工場のカーボンフリー化:東京・大田区臨海部3島の中小製造事業者との対話

橘川武郎

(国際大学 学長)

2024.02.12

 東京都は,2023年5月,「東京都エネルギー問題アドバイザリーボード」(以下,「アドバイザリーボード」)を設置した。事務局の任に当たるのは産業労働局であり,座長は筆者がつとめる。

 そのアドバイザリーボードは,23年10月に,京浜島勤労者厚生会館で,「大田区臨海部3島意見交換会」(以下,「意見交換会」)を開催した。「大田区臨海部3島」とは,海面の埋立・造成によって,1967年から96年にかけて相次いで竣工した東京都・大田区臨海部の昭和島,京浜島,城南島の三つの人工島のことである。

 この意見交換会には,主催者である東京都産業労働局の関係者のほか,大田区の関係者,昭和島にある羽田鉄工団地協同組合や東京都京浜島工業団地協同組合連合会・城南島連合会の各代表者,および筆者が参加した。参加者数は,約20名であった。

 意見交換会に先立って,ミニバスで昭和島と京浜島を一巡し,車窓から2島の概況を見学した。筆者はおよそ25年前,伊丹敬之・松島茂・橘川武郎編『産業集積の本質 柔軟な分業・集積の条件』(有斐閣,1998年)という共同研究書を刊行するにあたって,調査のため同地域を訪れたことがある。当時は,昭和島・京浜島の両島とも,中小規模の鋳造工場や鍛造工場が所狭しと軒を連ね,さながら,「日本のものづくりの屋台骨はここにあり」と感じさせる活気を呈していた。その時と比べて,今回の訪問では,工場が減り,物流施設が増えたという印象を受けた。東京湾岸部の道路が整備され,大田区臨海部3島は,「製造拠点」であるとともに,「物流拠点」としての顔も,もつようになったのである。

 工場が減ったとはいえ,京浜島中心部の工場群は健在であった。そのなかの一つ,佐々木半田(ハンダ)工業の工場に立ち寄って,製造現場を見学させていただいた。

 錫,鉛,ハンダなどの製造・販売に携わる佐々木半田工業は,従業員約10名の企業であるが,小ロットによる豊富な商品ラインアップ,ネットショップの強みを活かした平日3営業日での商品発送,小売店を通さないメーカー直送による低価格販売,自前の成分分析や海外外部機関の検査などによる高品質高純度の確保など,他社にない強みをもつ。炉の温度を溶融金属の表面の色で判断することができるスペシャリストや,試作品であればとりあえず形にしてしまう線製品のスペシャリストもいる。電気炉とガス炉を使い分けており,ガス炉の燃料としては,都市ガスを使用する。製品の形状は線,板,管,球とさまざまで,見学当日も,いろいろな形の錫製品が次々と作り出されていた。どれもみな,白銀色に美しく輝いていた。

 工場見学とバスツアーを終え,意見交換会が始まった。そこではまず,3島の各組合の代表者の方々から,およそ,以下のようなご意見が寄せられた。

  • ・工場の減少傾向が続くなかでも,多くの中小製造事業者が,経営努力を重ねて,事業の継続と発展に取り組んできた。
  • ・材料費や燃料代の高騰など経営環境は厳しさを増しているが,一方で,省エネルギーや製品高付加価値化などの取組みも成果をあげており,一定程度以上の収益性を確保している。
  • ・鋳造や鍛造の工程では,きわめて高温の熱利用が不可欠である。
  • ・脱炭素化については,納入先の大企業の「サプライチェーンのカーボンフリー化」に対する関心は高まっているが,今のところ,部材製造工程での二酸化炭素排出量を問われるようなケースは少ない。
  • ・省エネ等を進めるうえで,国や都のさまざまな助成措置は,大きな役割をはたしている。
  • ・一部の事業者は,太陽光発電にも取り組んでいる。

 意見交換会では,3島代表者の意見表明を受けて,産業労働局の担当者から,助成措置を含む東京都の環境関連施策について説明があった。そのうえで,質疑応答や討論が活発に行われた。

 アドバイザリーボードでは,東京都がエネルギー問題に取り組むにあたって,電気だけでなく熱も視野に入れる必要があるとの合意が成立している。そして,低温の熱利用に関しては,ヒートポンプの活用を促進するため,助成措置の実施を提案する方向である。

 しかし,高温の熱利用については,アドバイザリーボードも,まだ,具体的な施策を打ち出せていない。意見交換会での議論の内容からみて,高温の熱利用に対しても,東京都としての何らかの助成措置が求められていることは明らかであり,この点の具体化は,今後に残された課題である。

 大田区臨海部3島で操業している高温の熱を利用する中小製造事業者が,「サプライチェーンのカーボンフリー化」の社会的要請に対応するためには,何が必要か。根本的な解決策は,工場で排出する二酸化炭素を回収したうえで,地域内に貯留し,そこで水素と合成してカーボンフリー燃料を生成して,それを工場で再利用するという,カーボンリサイクルを実現することにある。幸い,大田区臨海部3島は,現在,大規模な水素供給拠点構築計画が進展する川崎市臨海部に近い。川崎市臨海部が供給する水素は,すでに,パイプラインを通じて,東京都大田区に立地する羽田空港で利用する方針が固まっている。その水素パイプラインを少し延伸して大田区臨海部3島に届くようにすれば,同地域でのカーボンリサイクルは可能になる。今後の動向に注目したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3293.html)

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