世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3214
世界経済評論IMPACT No.3214

中国のEV開発戦略の進むべき方向

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2023.12.04

不安定な中国でイノベーションが起こせるか?

 中国では3つのシステム(体制)が鬩ぎあう。①「社会主義」,②「市場経済」,③「中国特有の文化」である。中国特有の文化の一例は,法治主義を掲げながら現実には権力者が支配する「人治主義」である。①と③が結びつくと毛沢東派の「中国特有の社会主義」,①と②が結びつくと鄧小平派の「社会主義市場経済」,②と③が結びつくと「中国特有の市場経済」が形成される。1990-2010年頃の成長期には「社会主義市場経済」を経て「中国特有の市場経済」へ進む期待があった。「中国特有の市場経済」の近代化したものが香港だった。グローバル資本は中国全土が「香港」になることを望んだ。習近平一派はそれに危機を感じた。市場経済化の行き過ぎを是正し,「中国特有の社会主義」路線に戻すために,まず香港を支配下に置き,次に市場経済派の人々を排除した。その終局が李克強前首相の逝去である。

 習近平総書記は「共同富裕」政策を打ち出し,富裕層の「調整」に乗り出した。スローガンは「一般市民でも住宅が手に入るようにする」,「不正蓄財は断固取り締まる」である。これは誰も反対できない。この政策の下,住宅価格の引き下げに踏み切った。この結果,高値で買った富裕層に莫大な評価損が発生し,資産が目減りした。市場経済派からすれば深刻な「不動産バブル崩壊」だが,社会主義派からすれば「どうせ不正蓄財で稼いだ金で取得した財産だ」,「そんな財産は消滅すべきだ」ということになる。貧困層は拍手喝采,習近平万歳である。資産価値の評価損は,財産没収や弾圧といった暴力行為を伴わない「ステルス攻撃」である。つまり,中国のバブル崩壊は,習近平派(社会主義勢力)が企んだ計画的犯行といえる。彼らは,バブル崩壊の原因になった不動産業界や融資平台の立て直し,工事中断で住宅を引き渡してもらえない市民の救済に消極的である。一方,若者の失業や中小製造業・小売業の倒産にはきわめて敏感である。弱者の味方という看板が揺らぐからである。

 このように中国の「社会主義」への揺り戻しが市場経済派の官僚や政治家の排除をもたらし,専門家不在の「計画経済」の様相が強まった。その典型例が「中国のEV開発」である。

EVに内在する欠点

 最初の疑問は,なぜ中国政府はEV開発にこれほど深く傾倒したのか,である。それはレシプロ・エンジン車の技術開発でドイツや日本に追いつけなかったからと考えられる。テスラの上海での成功を見て,中国政府は方針を変えた。EVならば参入障壁が低く,機先を制すればEV輸出の世界的リーダーになれる。環境保護を訴えれば莫大な政府補助金も正当化できる。政府主導のイノベーションは新しい計画経済のテーマとして最適だと考えたのだろう。しかし,EV開発には途方もないリスクが潜んでいた。

 第一に,レアメタル採掘・精錬のリスクである。EVの要はバッテリーであり,そのカギを握るのはガリウム,リチウムや黒鉛などのレアメタルである。中国はレアメタルの生産量の6割以上を占めている。レアメタルは世界各地で採掘可能だが各国の生産量は少ない。レアメタルの採掘・精錬は環境汚染の危険があり,それを防ぐためには多大な投資が必要になる。中国は環境汚染を軽視し,環境対策に金をかけないから利益を出せる。

 しかも中国はレアメタルを戦略的に利用する。自国の優位を確保し,他国のバッテリー生産を妨害するために輸出を制限する(日本経済新聞2023年12月2日朝刊)。この結果,他国(特に日本)の新技術開発(レアメタルを使わないバッテリー)を促し,途上国のレアメタル鉱山開発を促してしまう。レアメタルの輸出規制は,自らデカップリングを招くことになる。

 第二に,EVはCO2の削減に貢献しない。EVの充電は家庭の電気使用と競合する。そのため電力不足が起き,電気料金が高騰する。スウェーデンではテスラのフル充電に1万5千円かかるという。これと釣り合いを持たせるために,ガソリンやディーゼル油に高額の税金(CO2課税)をかけている。発電所の新増設は難しい。クリーンな電力,例えば太陽光パネルは日照時間が短い冬季や雪積時はあまり役に立たない。水力発電は場所が限られる。風力発電は環境保護と両立しにくい。原子力は原則新設禁止だから,結局は火力発電に頼ることになる。中国のように政府が原子力発電所や火力発電所を自由に増設できるなら電力不足は起きないが,CO2の削減は絶望的になる。EUは国際基準より多いCO2排出国に対し輸入製品にCO2関税をかける。中国からの輸出はますます困難になる。

 EVが普及する北欧諸国では電力不足(と価格高騰)が深刻化し,厳冬期にはEV使用が制限される。マイナス20度になると充電量は半減するし,充電時間も長くなる。普通でも古いタイプのEVで5-6時間,最新のテスラのモデルでも30分以上かかる。充電設備を無数に作っても充電時間が長いので待ち行列ができる。しかも酷暑や厳冬期にはエアコンが電力を消耗する。場所によって(寒冷地や僻地)電池切れは命に係わる。

 第三は,リチウムイオン電池のリサイクル技術の未完成である。中国では廃車になったEVが何百台も放置された「EVの墓場」が数か所ある。かつて中国ではレンタサイクルが流行ったことがある。しかし自転車を所定の場所に返さず,乗り棄てる人が続出したため,回収に時間と費用がかかり,ビジネスモデルは破綻した。その結果,各地に「自転車の墓場」ができた。このレンタサイクルのビジネスモデルをEVに適用し,中小のEVメーカーの製品を採用した結果,欠陥続出でレンタEVのビジネスモデルも崩壊した。これは政府補助金を得るための詐欺行為だったとする説もある。リチウムイオン電池の不法投棄は爆発の危険があるだけでなく,液漏れによる環境汚染が危ぶまれる。また水害で水を被ったEV電池の安全性にも不安がある。中古車として処分するとき売り手は情報(事故車)を隠蔽するかもしれない。買い手はEV中古車の購入をためらう。すると中古EVの価格が暴落する。EVの新車購入に際し,中古車価格が低すぎると購入を躊躇する。高額なEVの売れ行きが突然停滞する。さらに,EVを輸入してもリサイクル技術を持たない国は廃車後に製造国に返品(製造物責任)する可能性すらある。そうなれば中国全土が「EVの墓場」になるだろう。

EVの進化系はドローンである

 以上から明らかなことは,EV開発の順序を逆転することである。まず,リチュウムイオン電池のリサイクル技術を確立する。次に,自家発電するEVを開発する。具体的には水素を動力源にした燃料電池とそのリサイクル技術(再資源化・レアメタルの回収)を開発する。同時にAIを活用した自動運転またはドライブ・サポートシステムを開発する。同時に軽量化の技術とメガキャスティング(モジュール式生産)を進化させる。これらすべてがEV進化系のドローンに欠かせない。交通渋滞を避けるためには三次元ドライブが必要だ。ドローンは荷物配送だけでなく,渋滞を避けて目的地に最短距離で到達するタイパ性能に優れている。自動運転と安全確保には高度AI技術が必要になる。スマホの進化系がEVなら,EVの進化系はドローンである。世界のEV開発戦略はこの方向に進化するだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3214.html)

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