世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3135
世界経済評論IMPACT No.3135

加盟国はASEAN全体の利益を第一に考えよ

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2023.10.02

 バイデン大統領のASEAN素通りは,ASEANが自ら蒔いた種である。もともとASEANは地域全体の利益を最重視し,まとまることで大国に対してバーゲニングパワーを発揮してきた。しかし統合の牽引役の経済分野でも自国利益を優先する動きが出ている。ASEANが求心力を回復させるには,ピアプレッシャーを用いて,各国の保護主義の芽を摘む必要がある。

ASEANを素通りした米大統領

 大国間の覇権争いに巻き込まれることを極度に嫌うASEANは,常に中立維持を意識してきた。また東アジアサミット(EAS)やASEAN地域フォーラム(ARF)など,自らが「運転席」に座る会議に大国を招待し,バランサー役を担うことで,世界的にも特異なポジションを築いてきた。

 しかし米トランプ前大統領はEASに関心を示さず,一度もその姿を見せなかったことから,ASEAN軽視に映った。しかし続くバイデン政権はASEAN重視を表明,ASEANは「米国が回帰した」として歓迎していた。22年5月には米ワシントンで米国ASEAN特別サミットが開かれ,バイデン大統領は「米国・ASEAN関係の新たな時代を立ち上げる」(注1)と高らかに宣言するなど,米ASEAN関係は大きく改善したかに見えた。

 しかしこの9月にインドネシアで開かれたEASにはハリス副大統領が派遣された。一方,バイデン大統領は,EAS直後のインドでのG20サミットに出席し,その帰路にベトナムに立ち寄った。特にベトナム訪問では,米越関係をこれまでの「包括的パートナーシップ」から,中国,ロシアと同水準の「包括的戦略的パートナーシップ」へと2段階引き上げるなど,米越関係強化を演出した。

足並みが乱れるASEAN

 バイデン大統領のASEAN素通りは,ベトナムを除くASEAN加盟国,特に議長国インドネシアを失望させた。しかしこれは現在の域外国の対ASEAN感を如実に示している。もともと小国の集まりであるASEANの基本的な目的の一つが,「加盟国の自立性を維持し,加盟各国の国益を追求するため,加盟国の代理人として最大限,活動すること」(注2)である。つまり地域全体の利害を重視し,加盟国が同じ方向を向くことで,大国に対するバーゲニングパワーを堅持してきた。

 しかしこの10年近くは,ASEAN加盟国の足並みの乱れが指摘されている。2012年のASEAN外相会議では,南シナ海の問題を巡り,議長国カンボジアが域外国・中国の主張を支持して会議が紛糾,ASEAN設立以来で初めて共同声明が発出出来ない事態となった。

 また直近では,2021年2月にミャンマーで発生したクーデターについて,ASEAN内でその対応を巡り温度差が顕著になっており,ミャンマー軍政に足元を見られた結果,21年5月の特別首脳会議で取り付けたはずの5項目合意は一向に履行されず,ASEAN懐疑論が高まった。

経済面でも自国優先

 これまでASEAN統合を牽引してきた経済面でも,近年,地域の結束や利益を犠牲に,自国の利益を追求する場面が増えている。例えばインドネシアは,海外からの精錬・加工分野の投資誘致を促し,より付加価値の高い加工鉱物の生産・輸出,雇用機会の創出を目的に,2020年1月から未加工のニッケル鉱石について,2023年6月からは同ボーキサイト鉱石について,それぞれ輸出を禁止した。なおこれら措置について,2022年11月に世界貿易機関(WTO)小委員会(パネル)は協定違反と裁定したものの,インドネシアに撤回する動きはない。

 インドネシアのこの姿勢は他の加盟国にも伝播している。フィリピンは輸出禁止には踏み込んでいないものの,23年1月にはニッケル鉱石輸出に最大10%を課税する計画が持ち上がった。またマレーシア・アンワル首相は9月11日,資源の搾取や損失の防止,ハイテク機器生産に際し,重要鉱物の中国依存度の低下を目的に,レアアース(希土類)の輸出禁止に向けて検討することを明らかにした(注3)。

 単一市場・生産基地を目指したASEANの取り組みは,経済成長の原動力となる直接投資を惹きつけてきた。しかし加盟各国が自国の利益を優先し,ASEAN統合が形骸化した場合,企業の投資は一定規模以上の内需や補助金措置を持つ大国にシフト,小国は見向きもされなくなる懸念がある。

懸念が表れた第4協和宣言

 その懸念が如実に表れたのは,9月のASEAN首脳会議で採択されたASEANコンコードⅣ「ASEANの重要性に関するジャカルタ宣言:成長の中心」である(注4)。同宣言は,議長国インドネシアがASEAN懐疑論や遠心力,また「インド太平洋」の中でASEAN埋没に危機感を覚え,協和宣言発出を提唱した。ここでは,ASEAN共同体は国民にとって重要であり,ASEANとインド太平洋,それ以外の地域の成長の中心であると宣言した。

ASEANを巡る遠心力を放置すれば,世界の成長センターの地位も危うい。ASEAN各国はピアプレッシャーを用いて,加盟各国の保護主義的な措置の芽を予め摘んでおく必要がある。第4協和宣言を提唱した議長国インドネシアも,自ら行動で示すときである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3135.html)

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