世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3077
世界経済評論IMPACT No.3077

ASEANは世界的な食料危機「再発」懸念の解消を

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2023.08.21

 ロシアの「黒海穀物イニシアティブ」からの離脱,世界最大のコメ輸出国インドの禁輸,更にはエルニーニョ現象に伴う干ばつにより,世界は再び食料危機の瀬戸際に立たされている。世界のコメ輸出の4割弱を担うASEANが食料危機回避の鍵を握る。2023年議長国インドネシアは食料危機回避に向けた議論をリードすることが期待される。

近づく食料危機再来の足音

 今から15年前の2008年春,世界は「食料危機」でパニックに陥った。世界銀行によれば,2008年4月に記録したコメ価格は,1960年以降現在までの過去最高値907ドルを付けた。コメ価格急騰の背景には,穀物市場への投機資金の流入や主要コメ供給国のインド,ベトナム,カンボジアの禁輸措置の発動,中国の輸出税賦課,更にサイクロン・ナルギスがミャンマーの穀倉地帯に壊滅的な打撃を与えたことなどがあった。当時,主要穀物を輸入に依存する途上国を中心に,政府への抗議デモや暴動,略奪騒ぎなど社会不安が広がった。

 今,世界は食料危機再来の瀬戸際にある。23年7月のコメ価格は547ドル/トンで,前年同月比3割超上昇した。8月は600ドルを大きく上回る模様である。今回の穀物価格上昇の背景は,23年7月にロシアが「黒海穀物イニシアティブ」を離脱したこと,更にその直後に世界最大のコメ輸出国インドが高級種バスマティ米を除く白米の禁輸を発表したことである。

 前者について,22年のロシアのウクライナ侵攻と黒海の海上封鎖により,ウクライナ産穀物の輸出が停滞,世界の小麦価格は急騰した。これを受けて国連とトルコの仲介により,22年7月の同イニシアティブに合意,ウクライナの穀物輸出が確保されたことで,小麦価格は落ち着きを取り戻した。しかし,ロシアは合意の一部として国連が約束したロシア産穀物・肥料の輸出障壁の撤廃措置が進展していないと不満を訴えていた。

 後者について,インドの消費者問題・食料・公共配給省は「米の国内価格は上昇傾向にあり,小売価格は1年間で11.5%,過去1カ月で3%上昇した」とした上で,国内での十分な供給量を確保し,価格上昇を抑制することが,輸出を禁止した目的と説明した。

 輸出の大半を占めるパーボイル米やバスマティ米については政策に変更はなく,今回の禁輸対象は輸出米の約25%にとどまると説明するものの,インドの禁輸発表はロシアの「黒海穀物イニシアティブ」離脱発表直後であり,世界の警戒感は一気に高まった。

世界のコメ輸出の4割弱を担う

 アジアは歴史的に米作が盛んであり,コメの世界的な供給地である。米国農務省によれば,2022/23年度での世界のコメ生産量は5.1億トン。このうち約9割がアジアで生産されている。東南アジアでは特に大陸部のメコン,チャオプラヤ,イラワジなどの大河川デルタが世界屈指の穀倉地帯であり,輸出米の生産基地である。同年度の世界のコメ輸出量は5456万トンであったが,最大の輸出国はインドで,輸出量の38.5%を占め,これにタイ,ベトナムが続く。ASEAN全体では世界の輸出量の37%を担い,ほぼインドと並ぶ。

 しかしASEAN最大のコメ輸出国タイでは,コメ価格上昇を単純には喜べない。2023年はエルニーニョ現象発生が予測されており,同現象は降水量減少を通じて旱魃をもたらす可能性が高い。そのためタイ政府は降雨不足に伴う節水のため,農家に対して米の作付け回数や作付け自体を減らし,水を余り必要としない作物への転換を促している。このことはインドのコメ禁輸に加え,世界の穀物市場の新たな脅威となっている。

世界から注目されるASEAN

 ASEANは新型コロナ禍の20年10月,長期的な食料安全保障の確保と農民の生活向上を目的に,2021~25年を対象とした「ASEAN統合食料安全保障枠組み」(AIFS)と「ASEAN食料安全保障戦略的行動計画」(SPA−FS)を構築した。

 ここではコメなど食料安全保障のための優先作物の輸出が禁止された場合,加盟国からの強い要請があれば,少なくとも当月と1カ月先までの注文分の輸出を引き続き約束する枠組みを,25年を目途に構築している。

 しかしASEANは世界のコメ輸出の4割弱を担い,穀物価格上昇局面において食料危機回避の鍵を握る。ASEANは地域的な食料安全保障に加えて,世界への供給義務遂行の役割が期待されている。2023年のASEAN議長国インドネシアは9月の首脳会議で,食料危機回避に向けて議論をリードして欲しい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3077.html)

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