世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3065
世界経済評論IMPACT No.3065

異次元の少子化対策:婚活という幻想

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)

2023.08.14

 政府は異次元の少子化対策として「こども未来戦略会議」を設置し,今後3年間を集中取組期間と位置づける「加速化プラン」を提示した。このプランは,経済的支援の強化と若い世代の所得向上,子育て世帯への支援拡充,共働き・共育ての推進,社会全体の意識改革という4つの柱で構成されている。少子化対策の柱は,①児童手当など経済的支援の強化,②学童保育や病児保育,③産後ケアなどの支援拡充,④働き方改革の推進,の三つである。これらが果たして「異次元」という大胆な表現に相応しいものかどうか。最も進んでいると言われるフランスの少子化対策を見ながら評価をしてみたい。

 まず第1に女性の雇用促進は,欧州連合(EU)の雇用戦略の中でも重点目標として位置付けられている。フランスでも家族政策や家庭と就労の両立を支援する政策などが取り組まれている。北欧諸国,英国,ドイツなどでは,EUで女性の労働市場参入比率の目標とされる60%をすでに大きく上回っているが,南欧諸国ではかなり下回っている。フランスは欧州目標とほぼ同水準となっている。

 第2に北欧諸国では,託児施設に対して大幅な支援を行うなど,女性の産後の正規フルタイム労働復帰を積極的に推進してきた。これに対しドイツや英国などでは,3歳未満の子どもの託児施設に対する支援は非常に限定的で,女性が産後に仕事に復帰してもパートタイム労働のような労働市場の柔軟性に即したものになってしまっている。一方南欧諸国では,このような就労・家庭の両立支援策に充てられる予算は極めて限定されている。実際,託児施設に預けることのできる3歳未満の子どもの比率は,デンマークの62%に対してギリシャやイタリアでは7%と低い。産前産後休暇は一般的に大変長いが,その間の給与は減額されるか支給されない場合も多い。フランスの政策は,このような二つの傾向の中間にあるといえる。北欧諸国には及ばないが,3歳未満の子どもの育児支援と託児施設は充実し,その施策も多様なものとなっている。フランスの場合は施設だけでなく,個人経営の託児サービス「ヌヌ」を利用する家族に対して大幅な財政上の支援が用意されているのが特筆される。

 第3に子ども養育のために仕事を放棄せざるを得ないような家庭のために,1985年に教育手当(APE)が導入された。当初は3歳未満の子どもを3人抱える家庭だけが対象であったが,1994年からは子ども2人の家庭にまで拡大され,2004年には第1子にも6カ月間だけ乳幼児受け入れ手当(PAJE)が支給されるようになった。家事と育児優先の考え方は1980年代のフランスでもまだ根強くあったが,今でもスイスやドイツほどではないが労働市場参加の考え方と共存しているところにフランスの特色があるようにみえる。ドイツ,スイスでは3歳児神話が根付よく残り女性の職場復帰を妨げているのに対し,フランスでは家事育児と労働市場参加を両立させたところに特色がある。日本でも話題になったN分N乗方式は元財務相共稼ぎ夫婦の事例でも話題になり,ピケティなども指摘するように世帯別から個人ベースに移行する方向である。

 第4にフランスの出生率が高いのはフランスの移民家族の寄与が大きいと指摘されるが,移民2世家族だと1.8と高くない。むしろ注目すべきは30才以上の高齢出産で,52%にも達している点である。第1子出産の遅れも手伝い平均29.8才である。北欧以外の近隣欧州国で,フランスのような家族政策を導入している国は,ドイツのように未就労女性対象に一部存在するがほとんどの国で実施されていない。

 第5に日本で見逃しやすい点はフランスにおける宗教,カトリックの家族生活への影響が少なくなってしまったことである。欧州のなかで政教分離「ライシテ」(laicité)をいち早く制度化したフランスでは,20世紀初頭の出生率低下に対して危機感が芽生え,それが人口の老齢化阻止とともに家族政策の意識革命に繋がっていったとされている。そこでは出産と育児は公的介入でなく当事者の自己決定権であるとされたのである。1905年の政教分離法制定などによって教会や国の拘束から解放された男女関係は,とくに1968年の5月危機を契機に劇的な変化が訪れた。教会を介さない“桎梏なき結婚と離婚”が激増した。離婚の増加による夫婦の急激な減少,婚姻に準じた法的な地位の男女関係の確立,女性の社会進出が急速に進んで女性が男性に従属するといったそれまでの概念が急速に薄れる,などの変化がほかの国に増して進行した。

 世界経済フォーラムの作成したジェンダーギャップ指数によるとジェンダー平等が進んだ国ほど出生率が高くなっている。アイスランド,フィンランド,アイルランド,ノルウェーなどの国がこれに該当し,日本,韓国,ポルトガルなどはその逆に低くなっている。この第5の点は「異次元」につながる女性革命とも言うべきもので,それが日本に決定的に欠けているところである。それは家族の概念と定義にかかわるもので,その構成・配置・結合,配偶者の消滅や離別,子供や親族の再構成が「複合家族」(famille recomposée)と呼ばれ,家庭は相続や遺産の移転でなく人間関係の場に変容した。「家族革命」とは,①医学革命:60年代のバイオ技術,避妊技術,女性の生活の変革,性行為と生殖行為の分離,②恋愛革命:セックス・幸せ・赤ちゃんなど自己実現としての快楽とよろこび,子供は世代間の継がりより幸せのためもつこと,カップルの幸せと親子の幸せの分離,③法律革命:父権主義に代わる男女と子供内部地位の平等化,結婚以外の同棲・自由結合の承認,片親・複合家族・同性親権に関わる法律の近代化,結婚における女性の法的自治と平等(1965)・父権から親権へ(1970)・避妊(1975),民法・社会法・公式統計の改変,住居と家族の非連続性などの事態が進行したことを指す。異次元は従来の女性差別の制度から抜け出した異なった制度でなければ実現されない。この意味で,婚活が少子化に歯止めをかけるという幻想を一刻も早く捨てなければならない。

[注]
  • 「複合家族」(famille recomposée)Marie-Thérèse Meulders-Klein, Irène Théry 1993
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3065.html)

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