世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3045
世界経済評論IMPACT No.3045

中国・金融緩和政策のディレンマ

童 適平

(独協大学経済学 教授)

2023.07.31

 中国政府は,新型コロナ感染症発生以降,主要商業銀行・政策銀行向け中期流動性貸出ツール(MLF)と最優遇貸出金利(LPR)の金利を緩やかに引き下げる金融政策で,コロナによる経済低迷に対処してきた。この結果,銀行貸出金利は,改革開放四十年以来の最安値を更新していた。このように,金融市場は既に金融緩和の状態にあったにもかかわらず,中国人民銀行は今年6月,毎月見直しを実施しているMLFの金利を10BP引下げたのに続いて,6月20日には,コール市場の政策金利の目安であるLPRの引き下げを公表し一層の金融緩和を進めた。通貨当局が,金利,準備金比率と公開市場操作を行う「一般的な金融政策」より,特別な事業計画や部門を対象とする「構造的な金融政策」に重点を置いてきたのは,新型コロナ感染症を抑え,「ゼロコロナ政策」を終了すれば,経済は元の成長軌道に戻ると期待していたためである。しかし,直近のマクロ経済データはこの期待を裏切ったものであったため,小幅ながらも,今度の利下げに踏み切ったわけである。

 直近のマクロ経済データを見てみよう。GDPデータの発表には時間がかかるので,代わりに,統計方法などが違うが,支出法GDPと同じ需要側面の固定資産投資,社会消費財小売り総額と輸出入額の月次データを見ることにした。

 国家統計局の発表によれば,今年2月から6月(旧正月の撹乱要因を除去するため,1月の公表はない)まで,固定資産投資累積額の前年同期比はそれぞれ5.5%,5.1%,4.7%,4.0%と3.8%と月ごとに低下し,特に民間セクターはいずれの月も1%未満で,5月と6月はマイナスまで低下,社会消費財小売り総額も芳しくなく,3月~5月の前年同期比はそれぞれ10.6%,18.4%,12.7%と一応二桁の増加を見せたが,6月は大きくダウンして3.1%の微増にとどまった。このように,投資も消費も増加を維持したが,昨年(2022年)は,人の移動を厳しく制限した「都市封鎖」が実施され,経済が低迷したことから,内需回復の力無さは容易に理解できるであろう。更に,海外関係にも陰りが見えた。1月から6月までの累積輸出・輸入は金額ベースでそれぞれ前年同期比3.2%と6.7%の減少で,6月単月では12.4%と6.8%と減少幅が拡大した。高成長を牽引してきた海外需要もその勢いを失いつつあることが税関の発表で見て取れる。

 金融緩和の効果はどうであろうか。まずは外為市場への影響である。外為市場における為替の売買は経常収支の規模だけでなく,内外金融市場金利の変動にも大きく左右される。外為相場先高の場合,輸出業者は手元外貨の売却を遅らせたりするので,経常収支黒字と銀行の顧客委託外為買い入れとの間にずれが生じる。このずれは資金流出入(資本逃避)を観察する手がかりにすることが可能である。2022年,経常収支黒字は4019億米ドルを記録したが,外為市場では,銀行の顧客委託外為買い入れは1274億米ドルだけに止まる。内外金利差がさほど大きくなかった2021年では,経常収支黒字が3529億米ドルであるのに対し,銀行の顧客委託外為買い入れは2242億米ドルであった。今年6月まで銀行の顧客委託外為買い入れは455億米ドルである。金融緩和による内外金利差の拡大で国内資金の流出を招いたことは確実であろう。

 次は銀行預貸市場の動向である。前年同期比で,2023年,非金融企業及び政府と関連事業への貸出増加率は2022年の11%台から14%台へ上がった。金融緩和の効果で貸し出しが増加したと理解してよいのであろうか。しかし,家計は逆の現象が起きている。家計への貸出(=銀行借り入れ)増加率は,金利が下がるにもかかわらず,低下した。特に中長期貸出の増加率は10%前後から5%台に低下した。これに対して,家計の預金増加率は,2022年の12~13%から17%へ,特に定期預金は15%台から21%以上に上昇した。利下げの時期に,預金を増加させることは経済の先行きに不安を感じたからである。

 このように,金融緩和で,「如何にして経済の先行きに期待を持たせるか」は通貨当局の課題になるかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3045.html)

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