世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2955
世界経済評論IMPACT No.2955

中長期的な下落過程にある米ドル

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.05.15

 米FRBが月次で発表している米ドルの実質実効為替レートは,近年のピークだった昨年10月から今年4月までに6.0%下落した。ただ,4月時点でも過去10年の平均値を9.4%上回っており,米ドルの割高感はまだ解消されていないようだ。

 第二次大戦後からの固定為替相場制が崩壊し,1973年に変動為替相場制へ移行して以来,米ドル実質実効為替レートは,1978年10月~1985年3月と1995年7月〜2002年2月に大幅な上昇局面を経験した。ボトムからピークまでの上昇率は前者が約50%,後者は約33%だった。しかし,いずれもその後に5年以上にわたる大幅な下落局面を迎え,米ドル実質実効為替レートはその前の上昇局面開始時の水準を下回る所まで下落した。2011年7月から2022年10月にわたる3回目の上昇局面での上昇率は約44%だった。中長期の上昇局面が終わり,過去と同様の下落局面に入ったのだろうか。

 昨年10月までの米ドルの上昇を支えていたのは,米国の金利の上昇だった。政策金利である翌日物のフェデラル・ファンズ金利の目標レンジは,昨年3月まで0〜0.25%という極めて低い水準にあったが,そこから急速に引き上げられてきた。5月3日には0.25%引き上げられて5.0〜5.25%になり,2007年8月以来の水準まで上昇した。一方,中期金利の指標である5年物財務省証券利回りは,昨年10月に一時4.5%まで上昇したが,そこから下落に転じ,足元では3.5%近辺にある。

 これまでの金融引締めにより,景気の悪化が予想され,5年債利回りはさらに下落しそうだ。景気後退が深まり,インフレが収まれば,政策金利も下がるだろう。利下げ過程は,過去と同様,政策金利が5年債利回りを下回るまで続き,イールドカーブは年限の長い金利ほど高い通常の順イールドに戻ると考えられる。それに伴って米ドル実質実効為替レートは大きく下がり,過去10年の平均水準を下回って米ドルは割安に転じるだろう。

 コロナ禍のもとで景気テコ入れのために大規模な財政刺激策を打ったことで,米国の政府債務残高は大幅に増大しており,景気が悪くなっても,さらなる財政刺激策を打つことは難しそうだ。米国経済が景気後退を脱し,新たな景気回復に向かうには,米金利と米ドルが大幅に下落して需要を刺激することが必要になると考えられる。

 米ドル実質実効為替レートが下がれば,他の主要通貨の実質実効為替レートは,上昇するのが自然な流れだろう。BIS(国際決済銀行)が発表している各通貨の実質実効為替レートを見ると,米ドルは直近の3月の値で過去10年の平均値を11.2%上回っており,FRB発表のデータと同様に米ドルの割高感を示している。ユーロと人民元は,過去10年の平均値に近く,大きな割高感も割安感もない。これに対し,円の実質実効為替レートは,過去10年の平均値を18.2%下回っており,割安感が強い。日本に現状以上の金融緩和の余地がほとんどない点から見ても,米国が金融緩和に転じ,米ドルが大きく下落する時,他の主要通貨のうち,円が特に上昇しやすいと考えられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2955.html)

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