世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2945
世界経済評論IMPACT No.2945

グローバル都市革命 第3の都市空間 「サード・プレイス」

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・元帝京大学 教授)

2023.05.08

 先進諸国においては国土の大部分は今や田園都市化してしまった。かつて都市をも凌駕していた農村地帯はネオルーラル(新田舎人)と呼ばれる人々がペリアーバニジェーション(periurbanisation)という現象のなかで大都市圏郊外に大挙,移住する空間に変貌した。メトロポールとも定義されるグローバル都市圏における都心部では,平均的マンション価格はパリやロンドンで1~2億円(80㎡,2万ユーロ/㎡),と超富裕層でない限り夢のまた夢になってしまった。そこには世界的な多国籍企業,グローバル・サウスの新興財閥などその都市圏の社会階層にも属さないグローバル富裕層が闊歩することが多くなった。

 コロナ・パンデミック後の都市生活圏はどうなるのか,英国の都市専門家で建築家,都市デザイナーのエラド・アイゼンスタイン(Elad Eisenstein)はこれからの都市における重点施策5点を「よりよい復興,BBB(Build Back Better)運動」として提唱している。第1に高齢者や独り世帯のような社会的弱者に適切な住宅の提供。第2に仕事でも買い物でも人口密度の高い都心部に行くのを避ける。第3に人と人の距離の間隔を感染防止のために空ける。第4にオンライン・デジタル技術の習得を徹底する。第5に災害時に備え集会用ヴェニュー(venue)の緊急利用を可能にする防災システムを整備する。である。WithコロナかPostコロナかの明確な線引きは予断を許さないが,コロナ以前の状態には都市は戻れない。都市とそこ住まう人々の行動は変わってしまった。

 このような状況下,欧米で注目されている居住空間として「ゴルディロックス」住宅と呼ばれるミッシング・ミドルがある。これはなんと1837年の英国のロマン派湖水詩人ロバート・サウジー(Robert Southey)が書いた散文「ゴルディロックスと3匹の熊」(Goldilocks and the three Bears)から着想を得たアイデアである。「熱くもなく冷たくもない適温のスープ」のように,高層マンションでも一戸建てでもない,その間の「ミッシング・ミドル」住宅モデルと呼ぶべき多元的クラスター住宅である。デュプレックス,トリプレックス,庭付きアパート,フォープレックスもバンガロー・ガーデンなど老若男女の様々なハイブリッドな世帯が行き交う広い歩道のあるコミュニティティ,近所でのショッピング,そして公共交通の選択も十分に可能となるようなすべての世代が一緒に暮らせるようになる住宅モデル,それがゴルディロックス型住宅である。ポスト・パンデミク時代のひとつの理念型となる都市像である。ミッシング・ミドル住宅の利点は多くの人を一緒に住まわせることが可能となることである。また,多くのオープンスペースが利用可能となるこのような住宅街モデルはフランスでは修道院形式の建物にも例えられている。

 都市交通システムは通常,都心部への通勤のピーク時を想定して出来ている。コロナ禍によって交通量や人の移動は大きく変化した。しかしコロナ後において都市を単に元の状態に戻すだけでなく,一歩前進させ飛躍するためにこれまで長い間無視されてきた都市圏内の移動のあり方に目を向けなければならない。「イソクローン」(isochrone),すなわち「等時間」のマップは,都市計画において移動時間が等しい領域を表すが,今,これが多くの世界の都市で注目を集めようとしている。パンデミックによって都市の将来に不安が拡がり,誰もがテレワークするようになるのか,あるいはみんなもっとスペースのある場所に移ってしまうのか。また集積産業地域は無用の長物となり都市は滅びていくのか。実際,都心部のビル街を散策しているとそのような不確実な近未来予測に思いに駆られる。

 議論としてまず,すべての人々が移動するなど簡単にできるわけでないが,パンデミックのお陰で都市は持続可能な都市に変貌できるということが分かってきた。パリ市ではコロナ危機直前だったが,アンヌ・イダルゴ市長はパリを「15分の都市」(15-minute city)に改造する計画を発表した。この計画によってパリの人々は自宅から自転車か徒歩によって,どこにでも15分以内に行けるような都市に再編成する構想である。このプロジェクト実現に向け,自動車通行禁止の通り,歩行者専用交差点,パーキング場の庭園などの整備が同時に進められている。隔離期間中,パンデミックへの反応として,スロー・ストリート運動,あるいは自転車や歩行者を優先する動きが活発になった。パリ大学教授カルロス・モレノも歩行や自転車で「20分」の移動で都市での日常生活を過ごせる街づくりを提唱してきた。

 このような発想は決して新しいという訳ではない。「ファーストプレイスの家」,「セカンドプレイスの職場」とともに,個人の生活を支える場所として都市社会学が着目するのが「サードプレイス」である。そこでは人は家庭や職場での役割から解放され,一個人として自己再生する。米国の都市研究者レイ・オルデンバーグ(Ray Oldenburg,)は,産業化,効率化,合理化を進めてきたアメリカ社会と,そこで派生してくる人々の孤独の問題を深刻に受け止めて,「第3の場所」の考えに着目した。見知らぬ者どうしの気楽な交流を促し,情報交換・意見交換の場所,地域の活動拠点としても機能する「サードプレイス」,英国のパブやフランスのカフェなどの具体例から,「サードプレイス」に対する期待も高まっている。社会的ネットワークの結節点としての通り,歩道,広場,界隈,スクウェア,などの機能にも注目が集まる。フランスの高級季刊誌エスプリ編集長で哲学者のオリビエ・モンガンも市内と郊外の間の新たな「第3の都市」を提唱した。

[参考文献]
  • Oldenburg, Ray (2000). Celebrating the Third Place: Inspiring Stories about the "Great Good Places" at the Heart of Our Communities. New York: Marlowe & Company
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2945.html)

関連記事

瀬藤澄彦

最新のコラム