世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2922
世界経済評論IMPACT No.2922

AIにより,“ムーアの法則”は死なず:追悼ゴードン・ムーア

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.04.24

ムーアの法則の終焉か?

 3月24日,「ムーアの法則(Moore’s law)」で知られるインテル創業者の一人,ゴードン・ムーア氏が逝去した。享年94歳。ご冥福をお祈り申し上げたい。「ムーアの法則」とは,当時フェアチャイルド・セミコンダクターに所属していたムーア氏が1965年に自らの論文で発表した仮説である。集積回路あたりの部品数(トランジスタ)は毎年2倍になり,少なくとも10年はこの伸びが続くと予測した。また,1975年には,今後1年半から2年ごとに集積回路の密度が2倍になるとの予測に修正した。トランジスタの体積は絶えず縮小され,これに合わせてコストは減少する一方で,機能は向上させることができる。「ムーアの法則」は半導体製造開発のロードマップになった。

 TSMC(台湾積体電路製造)の創業者・張忠謀(モリス・チャン)が,最も尊敬した半導体の開拓者の1人がムーア氏である。ムーア氏の悲報を受けたモリスは「“ムーアの法則”は,世界の半導体の技術進歩を支える最も重要な基準であった。私と共に半導体初期から開発に携わって来た友人であり,存命の友人は少なくなった」と悲しみを述べた。

 半導体チップの線幅は「ムーアの法則」に沿って繊細化に向かい,現在はTSMCとサムスン電子の2社だけが3nm(ナノメートル)のチップを製造することができる。TSMCでは2025年にも次世代の2nm半導体を開発・量産が予定されているが,「“ムーアの法則”も,いよいよ“限界”に達するのではないか」と囁かれ始めている。

AIによる“ムーアの法則”の延命策

 NVIDIAの創業者でCEO(最高経営責任者)のジェンスン・ファンは,「“ムーアの法則”は,AI(人工知能)を使用することで終焉を回避できる」と指摘した。これまで,プログラムのエンジニアは,効率性追求の面では必ずしも秀でているとは言えなかったが,今後,ハードの画像処理演算装置であるGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)およびAIによるソフトのプログラムを用いることで,効率性が向上する。「ムーアの法則を終焉から回避させる“解”はそこにある」と述べた。

 世界最大のGPU開発企業のCEOだからこそ主張できる知見である。ジェンスン・ファンの意味するところは,「ムーアの法則」における線幅の繊細化という物理的追求は限界に達するが,AIを使ったチップ設計という面では更なる進化があるとするもの。これは「半導体や電子機器の設計作業の自動化(Electronic Design Automation;EDA)」と関係する。

 半導体設計のエンジニアが「ハードを動かす言語」(ソフト)を用いて半導体(ハード)を設計する際,コンピューター,AIを使って設計プログラムの自動化をする方策である。『Nature(ネイチャー)』誌(2022年)は,AIを使った機器の深層学習(ディープラーニング)システムで半導体チップを設計すると,人間による設計のパフォーマンスを凌駕するとの研究の結果を掲載した。

 電子系設計ソフトウェアの開発企業であり,EDA業界におけるビッグ3の1社であるシノプシス(Synopsys)の会長兼CEOのアート・デ・ゲウス(Aart de Geus)は,「AIでチップを設計した場合,将来において性能は1000倍も向上させることができる」と述べた。半導体開発用ソフトウェアは米国のケイデンス・デザイン・システムズ(Cadence)でも開発されている。

 半導体チップ上の最も小さな単位は「トランジスタ」である。トランジスタの密度を増やすには,電子顕微鏡でチップを拡大してトランジスタの回路をリードフレームで連結する。1層のトランジスタでは密度の向上は難しいため,現在の技術ではトランジスタを積み上げる方式を採用している。20年前のチップは6層が限界であったが,現在ではまるでタワーマンションのように30層も積み上げることができる。仮に1層で30層並み密度を得ようとする場合,半導体チップは大きくならざるを得ない。要するに,体積を縮小するには,立体化するしか方法がない。例えば,一国で人々が平屋建ての住宅を建てて住むと,国土が足りなくなる。その解決策は上に層を重ね重ねてビルを建て,国土の制約から逃げる例えと同じである。

 半導体の回路設計の流れは3つのステップに分けられる。第1のステップは,前段に当たる「システム設計(System Design)」であり,チップの仕様を決め,このチップが果たす役割を明らかにする。

 第2ステップである「ロジック設計」では,チップの機能を定義し,「ハードを描くプログラム言語」(ソフト)でチップ(ハード)を設計し,特性を言語で描写する。これが完成すると,「後段設計」に入り,トランジスタに転じてウエハーに線路を刻み上げる準備を行い,それから第3ステップである「実体設計(Physical Design)」に入る。

 実体設計のエンジニアは,プログラムをトランジスタに変えて,ウエハーに内容を書き込む。住宅の「平面設計図」に相当する。「平面配置(Floor Planning)」,「自動配置配線(Auto Place and Routing;APR)」,「(DRC/LUS検証(DRC/LVS Verification)」によって構成される。「DRC」とは,「設計ルール検査(Design Rule Check)」の略称である。「LVS」とは,半導体製造のために作成したフォトマスクパターンが,設計した回路図と一致しているかを検証する「回路図レイアウトの検証(Layout Versus Schematic)」である。

AIによる最適のチップ設計

 前述の『Nature』誌は,これからはAIの能力が発揮できる領域であり,人間が考えるより優れていると指摘した。現在,人間による設計では,列を整然とした並べる方式である。同誌掲載の論文では,この方式は設計上,必ずしも効率性の高いものでない点を指摘,既存の人間による設計配列図とAIによる非規則的な設計配列図を掲載し,「AIによる設計配列図は,人間の設計するチップの機能をより向上させている」と述べる。

 仮に論文の指摘が正しい場合,半導体チップ,トランジスタを物理的に縮小させずに,その機能をアップさせることができる。「ムーアの法則の限界」や「ムーアの法則の終焉」が語られる現在,AI設計による機能向上は「ムーアの法則」を新たなステージへと“延命”させる可能性を秘めている。

ゲームの変化で考える

 「チェス」は黒と白のコマを競わせるゲームである。コマを動かす選択肢は「10123」(「10」の「123」乗)通りで,その数字が膨大であることが分かる。次にアルファ・ゴー(AlphaGo=Google DeepMindによって開発されたコンピューター囲碁プログラム)で「碁」をプレーする場合,その配列数は「10360」である。その数字は「チェス」よりもさらに大きい。

 現在の半導体チップには数十億個から数百億個のトランジスタを用いる場合,設計配列図の変化は「1090000」で,天文学的な数字となる。さらに,トランジスタが効率的に配列されチップの機能が進化していくと,Real Chipsの組み合わせは「10??????」と無限とも思われる桁違いの天文学的数字になる。

 AIでこのような問題を処理すると,AlphaGoによる「碁」ゲームでチャンピオンに勝った実例からも分かるように,AIによるディープラーニングを続けた場合,「ムーアの法則の終焉」はまだまだ先の話になろう。

 「ムーアの法則」は死なず。ムーア氏よ,安らかに。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2922.html)

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