世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2920
世界経済評論IMPACT No.2920

出力320kWの「小さな一歩」が日本のエネルギーの未来を変える

橘川武郎

(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)

2023.04.17

イーレックス+Hydrogen Technologyの富士吉田水素発電所

 2022年11月2日,実証型水素専焼発電所である富士吉田水素発電所を見学する機会があった。同発電所では,新電力の雄であるイーレックスが,Hydrogen Technology社独自の技術により製造される水素を用いて,発電を行っている。

 発電出力320kW,発電効率40%の富士吉田水素発電所が商用実証を開始したのは,2022年4月6日。実証型であるため出力は小さいが,日本で初めての商用水素専焼発電所であることは間違いない。ドイツ・2G社製の水素専焼エンジンを使用し,1時間当たり270ノルマル㎥の水素を消費する。富士吉田水素発電所の大きな特徴は,隣接して立地するHydrogen Technology社が開発した,「水と天然鉱石だけで生成可能」な水素を燃料として使用している点に求めることができる。Hydrogen Technology社が発行したパンフレット(「COMPANY PROFILE」)は,この水素生成技術について,「当社は,水を触媒とし天然鉱石との反応により,外部からの熱や電気をほとんど使用せず,天然鉱石から水素を取り出し,水素を生成する工程(過程)から使用に至るまで,「ほとんど二酸化炭素(C02)を排出しない」という画期的な世界初の新技術の開発に成功いたしました」,と記している。そして,「当社の水素生成技術を世界各国で使用することにより地球環境問題を改善することが可能」である,とも宣言しているのである。

 Hydrogen Technology社の水素生成室(屋内)には,容量5000リットルの反応タンクが3基,同1500リットルの冷却タンクが2基,同1500リットルの洗浄タンクが1基,存在する。そこで生成された水素は屋外に導かれ,容量720㎥1基および同690㎥1基の外部貯蔵タンクにいったん収納される。その後,低圧のまま近くにあるコンテナに運ばれ,その中で水素ガスエンジンと発電機を稼働させる。発生した電力は,東京電力パワーグリッドの系統を通じて供給される。さらに,水素ガスエンジンから出る排気は,熱利用に充当することも可能である。同発電所の熱供給能力は340kW,熱利用効率は43%である。

 富士吉田水素発電所の実証実験の目的は,連続性と安定性の確認,およびコストの低減にある。見学した時点で,連続安定運転には,ある程度の目処が立ったとうかがった。また,コスト低減には低圧のままで水素を使うことが有効だが,一方で,低圧であるがゆえの運用上の難しさもあるとのことであった。

 見学を通じて,富士吉田水素発電所のシステムが発展をとげれば,日本のエネルギーのあり方を大きく変える可能性があると,強く感じた。

 現在,わが国では,RE100(再生可能エネルギー100%)など,二酸化炭素を排出しないカーボンフリーの電力に対する需要が高まっている。需要の高まりは,流通業やサービス産業だけではなく,製造業にも及んでいる。現在,製造業の世界では,「サプライチェーンのカーボンフリー化」が強く求められ始めている。GAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)やソニー,やがてはトヨタなどで,二酸化炭素を排出しない工場からしか部品を受け取らない時代がやってこようとしている。メーカーにとっては,二酸化炭素を排出しないカーボンフリー電力を使用することが,生き残るための不可欠の条件となる。しかし,総じて,カーボンフリー電力は高くつく。RE100の電力は,量的に限界があるうえ,再生可能エネルギー電源と工場とが遠く離れているケースが大半であり,託送料がかさむからである。富士吉田水素発電所のシステムがコスト低減を実現し進化をとげれば,このメーカーが直面する問題を解決できる可能性がある。オンサイト(工場内)ないし工場の近接地に同システムを設置すれば,カーボンフリー電力を容易に調達することができるようになるからである。

 可能性は,それだけにはとどまらない。電力利用だけでなく,熱利用にも応用が効くのである。多くの工場は,製造工程で,電力だけでなく熱も使用する。強まる「サプライチェーンのカーボンフリー化」の要請は,電力使用だけでなく熱使用に関しても,矛先を向けるだろう。

 富士吉田水素発電所のシステムが発展をとげれば,オンサイトないし工場の近接地からカーボンフリーの電力だけでなくカーボンフリーの熱も供給できるようになる。ただし,供給可能な熱の量は,工場が必要とする量よりも少ないかもしれない。その場合,もう一つの方法がある。それは,富士吉田水素発電所のシステムのうちの前半部分だけを切り出して,「水と天然石だけで生成可能」な水素を供給し,工場の熱使用から排出される二酸化炭素と合成させて,カーボンニュートラルな合成メタン(e-メタン)を製造し,工場で再利用するという方法である。この二酸化炭素を循環させる方法は,「オンサイトメタネーション」と呼ばれる。

 このように考えると,富士吉田水素発電所のシステムには,日本のエネルギーのあり方を前向きに変える大きな力が秘められていることがわかる。出力320kWの「小さな一歩」から壮大な未来が広がろうとしている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2920.html)

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