世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2917
世界経済評論IMPACT No.2917

インド新興財閥の台頭と不正会計問題を考える

小島 眞

(拓殖大学 名誉教授)

2023.04.17

はじめに

 アダニ・グループは,インフラ開発を手掛けて急速な発展を遂げ,わずか1代でインドのトップ3の財閥にまで上り詰めた注目の新興企業グループである。今年1月24日,飛ぶ鳥を落とす勢いのアダニ・グループを狙い撃ちにする形で,同グループの不正会計を指摘した報告書が米投資会社ヒンデンブルグ・リサーチによって発表された。これによってアダニ・グループの株価は直ちに急落し,3月10日には同グループ10社の株式時価総額は1月24日当日に比べて52%低下し,9兆9000億ルピー(約16兆円)もの減少を余儀なくされた。ここでは躍進著しいアダニ・グループに注目し,そこで浮上した不正会計問題をいかに捉えるべきか,その背景と真相を探ることにしたい。

アダニ・グループの驚異的な躍進

 インドでは1991年の経済改革の導入後,民間部門の活動が活発化し,独立前に創設されたタタ,ビルラの老舗財閥に加えて,多くの新興財閥がにわかに勃興するようなった。その筆頭格が石油精製を通じて台頭したリライアンスであり,現在,タタ財閥と双璧をなす規模にまで拡大している。さらに近年,上記の二大財閥に迫る勢いで驚異的な躍進を遂げてきているのがアダニ・グループである。

 創始者であるガウタム・アダニは1988年にグジャラート州のアーメダバードで貿易会社を創設したが,さらに貿易業務の基盤を固めるべく,1990年にムンドラで自社の港湾を開発した。その後,ムンドラ港は鉄道につながるとともに,インド最大の貨物取扱港にまで発展している。現在, アダニ・グループは鉱山業を営む持株会社であるアダニ・エンタープライズを筆頭に10社より構成されており,その業務は港湾業,空港,送電,ガス,セメント,太陽光発電など多方面に広がっている。

 2021年度現在,アダニ・グループの売上高は2兆4300億ルピーであり,タタ(8兆7400億ルピー),リライアンス・インダストリーズ(7兆3900億ルピー),アディティヤ・ビルラ(3兆8000億ルピー)のトップ3に次ぐ規模になっている。さらに注目されるのは,その株式時価総額の大きさである。ヒンデンブルグ報告書の発表直前の1月24日,アダニ・グループの時価総額は19兆2000億ルピーを記録したが,それはタタ・グループ(23兆5100億ルピー)には及ばないものの,リライアンス・インダストリーズ(14兆2200億ルピー)を上回るものであった。ちなみにアダニ・グループがセメント会社2社を買収した直後の昨年9月から11月にかけて,アダニ・グループの時価総額はタタ・グループを上回っていたことがある(注1)。

今回の不正会計問題をどう捉えるべきか

 ヒンデンブルグ報告書では,アダニ・グループでは大胆な株価操作や不適切なタックスヘブンの利用,さらにはマネーロンダリングが行われていることが指摘された。これに対してアダニ側はその4日後に不正会計疑惑に対する詳細な反論を公開するとともに,株価暴落を食い止めるべく,期日通り,ないしは期日前に債務を返済するなど,必死の対応を行った。不正会計の全容は必ずしも明白にされたわけではないが,アダニ・グループがモディ政権と親密な関係を築いていることは周知の事実とされており,また過去においてアダニ・エンタープライズの執行役員(ガウタム・アダニの兄弟)が脱税で逮捕されたという経緯もある。今回の不正会計問題を考える上でのポイントとして,次の3つが挙げられる。

 第1に,ヒンデンブルグ・リサーチは空売りで儲ける手法をしばしば活用する投資会社としてよく知られていることである。時価総額の顕著な増大に伴って,アダニ・グループの株価収益率(PER)は標準値(14~20)の数倍以上のレベルにまで高まり,同グループはまさに空売りの格好の対象とされたわけである。空売りの際の常とう手段として,不正会計を暴く報告書の発表を通じて株価引き下げを図り,それがまんまと功を奏する結果となった。

 第2に,グジャラート州首相であったナレンドラ・モディがインド首相に就任の際,アダニが所有する航空機でデリーに向かったという逸話が物語るように,アダニ・グループがモディ政権と近い関係にあり,それが同グループの資産拡大につながったことは想像に難くない。しかしながら他方では,アダニは類い稀な経営的手腕を発揮しつつ,インドの目覚ましいインフラ開発に先導的役割を果たしてきたという歴とした実績があり,それに伴う形での資産形成であるという説明の方がより重みがあると思われる(注2)。

 第3に,上記報告書が発表されたことに伴い,モディ政権とアダニ・グループの癒着をめぐって真相解明を求める要求が高まる中,その急先鋒をなしていた国民会議派リーダーのラフール・ガンディーが議員資格停止に追い込まれたことである。与野党間の攻防が展開されていた最中の3月24日,誉棄損の別件で起訴されていたラフールはスーラートの下級裁判所で名禁固2年の有罪を宣告されたが,それと連動して,その翌日には下院にて議員資格停止措置が講じられた。今後,上告によって議員資格回復の可能性が残されているとはいえ,議員資格停止という奇策が講じられたのはアダニ・グループとの癒着を追求されることに対するモディ政権側の強烈な不快感を表れといえる。

おわりに

 1990年代以降,アダニ・グループはインフラ開発の先鋒を担う形で急拡大を遂げ,有力な新興財閥を形成するまでになったが,その過程でインド政府との癒着や不正会計疑惑がしばしば取り沙汰されてきたが,今回,ヒンデンブルグ報告書によって大々的に取り上げられたことに伴い,株価急落など大きなダメージを被る結果となった。しかしながら,これを機にアダニ・グループが襟を正し,ガバナンス面での改善につながることになれば,今回の不正会計問題は今後のアダニ・グループの発展にとってプラスに作用するとみるべきであろう。

[注]
  • (1)The Economic Times, March 13, 2013
  • (2)Swaminathan S Anklesaria Aiyar, “Hindenburg May Save Adani,” The Economic Times, February 23, 2013
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2917.html)

関連記事

小島 眞

最新のコラム