世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
台湾侵攻に人民解放軍は“惨敗”:笹川平和財団の机上演習は何を語るか
(九州産業大学 名誉教授)
2023.03.06
笹川平和財団の机上演習
ロシア軍によるウクライナの侵攻開始(2022年2月24日)から満1年を迎える前,公益財団法人笹川平和財団が,「人民解放軍による台湾侵攻」の机上演習の結果を発表した。侵略戦争は2026年に始まり,結果は約2週間のうちに,中国が“惨敗”することで終焉を迎えるというものである。
机上演習は,今年1月中旬に退役の自衛官,日米学者と専門家など計30人が日米台中の4つの陣営に分かれ,4日間にわたり実施された。
机上演習の仮定条件は,人民解放軍が台湾侵攻に備えて「台湾戦区司令部」を設け,空軍の戦機,海軍の空母,潜水艦などの戦艦を投入し,全方面の体制で侵略戦争を開始する。これに対し,米軍も原子力空母,潜水艦などの艦隊と最新鋭戦闘機を派遣し,台湾周辺で人民解放軍と対峙する。日本の首相は「国家非常事態宣言」を発表し,米軍が駐日基地の使用による参戦を認め,同時に一部分の自衛隊基地と沖縄,九州などの民間空港も軍事用として開放するというもの。
日本は「国の存立を全うし,国民の命と平和な暮らしを守る」ため,直接的に武力攻撃を受けていなくても,台湾有事が発生した場合,集団自衛権により米軍の軍事作戦に参加する可能性がある。机上演習の仮定は,人民解放軍は米軍が使用する自衛隊基地を既に攻撃し,日本が最高危機クラスの「存立危機事態」に達し,海上自衛隊の護衛艦,航空自衛隊のF-35,F-2などの戦闘機を出動し,人民解放軍のミサイルと空海の両側からの攻撃に対峙するというもの。
机上演習では明らかに,日米と中国との戦力のギャップが縮小したにもかかわらず,人民解放軍は劣勢を続け,台湾侵略は約2週間で継続不能に陥り終焉を迎えた。人民解放軍が“惨敗”する主な原因は,日米が台湾周辺の制空権と制海権を掌握したことにより,補給線が切断されるためだ。
机上演習では日本の自衛隊,米軍,台湾軍と人民解放軍の損失状況も見積もった。人民解放軍の死傷者数は4万人以上にのぼり,犠牲者が最も多い。ロシア軍のウクライナ侵攻でこの1年間で約10万人以上の死傷者数(ウクライナ側によると14万人以上)が予測されていることと比べると,僅か2週間で4万人の死傷者数は“惨敗”と言えそうだ。その理由はロシアによるウクライナ侵攻は「陸続きの戦争」であり,台湾への侵略は両岸の間に台湾海峡が横たわり,大きな犠牲(溺死)を発生させるためだ。また,机上演習では人民解放軍は空母2艘(遼寧号,山東号と福建号のうちの2艘)を含む戦艦156艘の撃沈および戦機252機の撃沈など大きな損失を蒙る。戦艦が撃沈されると,乗組員の一部分は救命ボートに乗るが,多くの人員は死を免れない。戦機がミサイルで撃墜されると,パイロットはパラシュートで脱出するが,海峡に着水した場合,命が助かる保証はない。中国の死傷者数が多いのは,台湾上陸以前に海上で“殲滅”され「海の藻屑と消える」と考えられるためだ。
台湾軍の死傷者と捕虜者の数は約1万3000人,撃沈の戦艦18艘,戦機200機である。米軍の死傷者数は約1万700人,戦艦19艘,戦機400機である。また,自衛隊員の死傷者は約2500人,戦艦15艘,戦機144機である。人民解放軍は台湾に対し軍事的制圧ができないが,日米台の戦力も大きなダメージを受け,“惨勝”と表現できる。まさに,台湾侵攻に“勝者なし”で,そこにあるのは“惨勝”と“惨敗”の違いだけだ。
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は,2026年に台湾海峡戦争が爆発するという仮定で,異なる情況の24回の机上演習を行い,今年1月に結果を発表した。これについて,筆者は本サイトのコラムでその概要を述べた(下記の参考文献を参照)。この24回の机上演習のいずれも人民解放軍の失敗で終焉を迎えたが,日米台と中国のいずれも大きな損失を蒙った。笹川平和財団とCSISの机上演習の結果は,酷似しているが,いずれも現存の軍備力を前提とした机上演習である。事実上,2026年に台湾海峡戦争が勃発した場合,机上演習と異なる結果になることも否定できない。また,人民解放軍の元将校が述べたように,「(中国が)戦艦を次々と製造し投入(中国語で「まるで水餃子(戦艦)をお湯のなかに投入」)しても,乗組員の訓練が追い付かない」と嘆くのも,その現実に反応したものと言えよう。
中国が軍備拡大を積極的に推進し,核戦力,情報戦,宇宙戦,ネット戦などの総合作戦能力を加速・強化している。しかし,机上演習上は中国の台湾統一は,失敗する可能性が極めて高いことから,アメリカと直接開戦を避け,非軍事的手段で台湾との統一を試みることも想定される。
一方,机上演習を受け,日米台は戦争による大幅な損失を蒙る可能性があり,今から軍備の補強を進めるべきであろう。
ブリンケン国務長官:台湾は中国の内政ではない
ウクライナ戦争開始後1年の機に,米国のブリンケン国務長官は『アトランティック(The Atlantic)』誌のジェフリー・マーク・ゴールドバーグ(Jeffrey Goldberg)編集長のオンライン・インタービューを受けた。その中でブリンケンは「ウクライナと台湾は常に比較の対象になったが,世界各国が台湾有事を心配するのは,台湾は中国の“国内事情”(internal matter)に組み込まれるものではなく,全世界と関わりをもった固有の存在であるためだ。従って,中国の台湾侵略は世界経済に大きな災難をもたらすことになる」と警告を発した。
また,ブリンケンは「自動車,スマートフォン,パソコンなどに用いられる大部分の半導体は台湾で製造されており,その多くが台湾海峡を通過し,毎日世界に向けて輸出されている。中国の侵略によって台湾有事が発生した場合,世界と各国の経済に甚大な災禍をもたらすことになる」と述べた。
[参考文献]
- 朝元照雄「中国の台湾侵略戦争に勝者なし:米・戦略国際問題研究所の机上演習」世界経済評論Impact No.2823,2023年1月23日。
- 朝元照雄「第三次世界大戦の前兆か? :日本は宥和政策を選ぶべきでない」世界経済評論Impact No.2857,2023年2月20日。
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