世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2866
世界経済評論IMPACT No.2866

チャイナプラスワン・パート2

池下譲治

(福井県立大学 特任教授)

2023.02.27

 米中対立の激化に伴い,中国の一極集中を避ける動きが再び加速しつつある。2000年代後半に始まったチャイナプラスワンは,当初は,中国における反日運動の高まりといった政治的要因もあったが,むしろ,人件費高騰による経済的要因によるところが大きかった。そのため,移転先としてもっとも注目されたのはベトナムなどであった。一方,当時のプラスワンは中国経済の外延的広がりとともに,拡大する国内市場を目指した新たな外資の流入とも相俟って同国の経済的基盤をさらに強化することに繋がった。

 では,今回のパート2はどうであろうか。前回との違いとして,主に3点挙げることができる。第1に,経済的要因もさることながら,今回はむしろ政治的要因が大きいことである。そして,その対立軸が日中間から米中間に移っただけでなく,両国が具体的な「武器」を使用していることで,問題がより複雑かつ深刻になっていることである。米国が最初に用いた武器は「高関税」であったが,それがWTO協定違反と認定されるや,米国の武器は「関税」から「規制」へと変わり,国防権限法(NDAA)や国際緊急経済権限法(IEEPA)等によるエンティティリスト掲載企業との取引禁止などによるデカップリング戦略が繰り広げられている。これには,中国も対抗措置を講じていることから,半導体などを中心に多国籍企業によるサプライチェーンの見直しが進められている。このように,今回のプラスワンの特徴の一つは労働集約型産業ではなく,高度産業が主役だということである。

 2点目は,外資からみた中国市場の将来性である。世界金融危機が起こるまでは,中国の潜在成長率は極めて高かったため,外資は基本的に,対中投資を通じて成長の恩恵に授かることが期待できた。しかし,2018年をピークに労働人口が減少に転じ,2022年には遂に,総人口も減少に転じたことで,中国は今後,急激な少子高齢化社会に突入することとなる。そこで,今後,重要になってくるのが生産性の向上である。ところが,IMFによると,中国の全要素生産性(TFP)は世界金融危機を境に半減しているのだ。

 さらに,「中国製造2025」では,30年までに半導体自給率を75%にするなど(The Diplomat 2022.8.20),主要な高度産業分野で国内自給率を大幅に高めることが明記されている。外資依存からの脱却が目的だが,それはとりもなおさず,中国では,当該産業における外資の競争力が今後,急速に弱まっていくことを意味する。

 最後に,今回,特に問題視されているのが,台湾という新たなカードが加わったことによって,最悪の事態が訪れるかもしれないといった観測が生まれていることだ。しかし,実際に起こるかどうかは誰にもわからない。言ってみれば,“known unknowns(知らないと知っていること)”の状況の中で,各企業は戦略を立てなくてはならない局面に立たされているということである。

 こうした中,外務省によると,対中国進出日系企業(2021年10月時点)の拠点数は過去1年間で2294,率にして6.9%の減少となっている。もしも,これが,パート2の始まりを意味するとすれば,プラスワン候補の条件も前回とは変わってくることとなる。有力なのは,政府が国を挙げてデジタルエコノミーの育成に力を入れるなど,エコシステムが整っているマレーシア。さらには,医療や次世代自動車など高度産業の集積地を構築する「東部経済回廊」計画を掲げるタイなどである。マレーシアでは,インテルによる先端半導体パッケージングの新工場設立をはじめ,欧米企業による高付加価値製品への投資が相次いでおり,2021年のFDI認可額は前年比3.2倍と過去最高を記録している。また,タイへの同FDI申請額も,デジタル(前年比8.7倍),医療(同2.8倍),電気電子(同2.1倍)などを中心に対前年比2.7倍となっている。両国とも,中国からのFDIが多いのも特徴で,マレーシアでは第4位,タイでは第2位のFDI原籍国となっている。一方,ベトナムは,中国と比較した場合,インフラ整備が遙かに遅れていることから,30年までに高速道路(5000キロ),深海港(1か所),高速鉄道の整備のほか,ホーチミン近郊に国際空港を完成させることを目指している。

 このように,パート2の候補地に求められるのはハード面及びソフト面でのインフラがどれほど整っているかである。一方,そうした国では,欧米とのつながりも強いことから,新たな調達先などを決める際には規制の対象でないことが新たな条件となる可能性がある。さらに,流通面や制度面から見た場合,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の役割がより重要になってくるであろう。

 日本はこうした中,経済安全保障上の観点からも,最悪の事態を招かないよう,関係諸国と共に,中国を孤立させないようにアプローチしていくことが求められる。

 最後に,企業戦略としては,未来に起こるかもしれない最悪の事態からのバックキャスティングによる準備が重要となってくるであろう。となると,今回のパート2は少し長いスパンで続く可能性もある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2866.html)

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