世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コンビナート・リノベーション:カーボンニュートラルの拠点へ
(国際大学副学長・国際経営学研究科 教授)
2023.01.09
日本のコンビナートは,2050年に向けて,大きく変容しようとしている。それは,「コンビナート・リノベーション」と呼びうるものである。
リノベーションとは,通常,住宅に関して使われる言葉である。老朽化した住まいに小規模な工事を施して建築当初の性能を取り戻すことを「リフォーム」と呼ぶのに対して,「リノベーション」は,大規模な工事を実施し,性能を新築状態よりも高めて,新たな価値を付加する。比喩的に言えば,リフォームはマイナスをゼロに戻すもの,リノベーションはマイナスをプラスに転じるものなのである。
コンビナートで「マイナスをプラスに転じる」とは,具体的には何を意味するのか。コンビナートは,現状では,気候変動の要因とされる二酸化炭素(CO2)を排出する「元凶」となっている。これが,コンビナートがもつ「マイナス」の側面である。一方で,コンビナートは,次世代燃料への転換を実現し,CO2の排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの拠点に「変身」することができる。これが,コンビナートがもちうる「プラス」の側面である。
コンビナートは,いくつかの道筋で,カーボンニュートラルの拠点になりうる。
第1の道筋は,カーボンフリー火力の集積地になることである。カーボンフリー火力を構成するのは,水素火力,アンモニア火力,CCUS(二酸化炭素回収・有効利用,貯留)付き火力である。
まず水素火力であるが,それは,ガス火力からの燃料転換という形で登場する可能性が高い。LNG(液化天然ガス)火力を中心とするガス火力は,全国のコンビナートに多数存在する。それらが先陣を切って燃料を水素に転換することによって,わが国にも水素発電の時代が訪れるのである。
次にアンモニア火力は,石炭火力からの燃料転換によって,姿を現す。ガス火力ほどではないが,全国のコンビナートには,相当数の石炭火力が立地する。ここでは,電気事業用の石炭火力だけでなく,自家用の石炭火力も念頭に置く必要がある。コンビナートは,アンモニア火力の時代を開く重要な舞台の一つとなるであろう。
水素火力や石炭火力のほかにも,コンビナートには,メタネーションによって生成された合成メタンを燃料とする火力発電所が登場するかもしれない。この合成メタン火力は,海外の輸出基地から始まり,輸出用港湾,タンカー,輸入用港湾,輸入基地,タンク,発電設備,送配電線にいたるまで,あらゆる既存インフラをほぼそのままの形で使用できる点に,特徴がある。これらのうち,コンビナート内には,輸入用港湾,輸入基地,タンク,発電設備が立地する。コンビナートは,水素火力・アンモニア火力とは別の「第3のカーボンフリー火力」である合成メタン火力の拠点にもなりうるのである。
さらにコンビナートは,CCUSが実用化された場合には,CCUS付き火力の本場にもなる。CCUS付き火力から排出されるCO2は,回収されて,コンビナート内の化学プラントで原料として有効利用される(CCU,二酸化炭素回収・有効利用)か,貯留するためにコンビナート内の港湾から積み出される(CCS,二酸化炭素回収・貯留)かするのである。
コンビナートは,カーボンフリー火力の集積地として,電源の面からカーボンニュートラル実現に貢献するだけではない。熱源の次世代燃料への転換の拠点としても,大きな役割を果たす。これが,第2の道筋である。
コンビナートが熱源転換の拠点となる典型的な事例は,石油化学工業の出発点となるナフサを熱分解する装置,すなわちナフサクラッカーの熱源をアンモニアに転換することである。このナフサクラッカー熱源のアンモニア転換は,「『トランジションファイナンス』に関する化学分野における技術ロードマップ」においても,化学分野でのカーボンニュートラル化の最優先課題と位置づけられている。
日本のナフサクラッカーは,すべてコンビナート内に立地する。それどころが,ナフサクラッカーが存在すること自体が,コンビナートを定義づけるうえでの重要な構成要素となっている。つまり,化学分野でのカーボンニュートラル化の最優先課題であるナフサクラッカー熱源のアンモニア転換は,コンビナートを舞台に進行する。石炭火力燃料のアンモニア転換はコンビナート以外の場所でも生じるが,ナフサクラッカー熱源のアンモニア転換はコンビナート以外では進まないのである。
ここまで,日本のコンビナートが,カーボンフリー火力の集積地として,あるいは熱源の次世代燃料への転換の拠点として,カーボンニュートラルに貢献することを見てきた。カーボンフリー火力にしろ,次世代燃料熱源にしろ,大量のカーボンフリーの水素・アンモニア・合成メタンを必要とする。そして,それらは,海外から輸入される可能性が高い。
カーボンフリーの水素・アンモニア・合成メタンを輸入するためには,良好な港湾が必要である。それらを貯蔵する大規模なタンクも不可欠である。できれば,それらを使用する大口の需要先(例えば,火力発電所やナフサクラッカーなど)が近接して立地することも,望ましい。日本国内において,これらの条件を満たすことに関してコンビナートを凌ぐ場所は,ほとんど見当たらない。コンビナートこそ,カーボンニュートラルを先導する次世代燃料(カーボンフリーの水素・アンモニア・合成メタン)の受入れ基地として,最適な存在なのである。コンビナートがカーボンニュートラルの拠点になりうる第3の道筋は,この点に求めることができる。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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