世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2793
世界経済評論IMPACT No.2793

ソフトパワーとしてのシンクタンクの重要性

原田健太

(株式会社コード 研究員)

2022.12.19

 2022年も佳境を迎えている。今年は,ロシアによるウクライナ侵攻,世界的なインフレ,エリザベス女王の死など,世界情勢を揺るがすイベントが重なった。こうした激動の時代において,シンクタンクの存在がますます重要になっている。ウクライナ情勢に関しては,本年10月頃から英米のシンクタンクがロシアの敗戦を匂わせる記事や論文を多く発表するようになり,今ではロシアが劣勢であるという世界的な見方が形成されつつある。もちろん大半の権威あるシンクタンクは,事実に基づく分析を行った上でこうした見解を示しており,根も葉もないプロパガンダを発信しているわけではない。しかし,こうした権威あるシンクタンクの発表や発言が,世論を形成する原動力となっていることは事実であろう。混迷を極める時代こそ,いわゆる「ソフトパワー」としてのシンクタンクの重要性が増している。

 世界で最も古いシンクタンクのひとつである英国の防衛研究所(RUSI)は,1831年に創設された。英国が覇権国家であった当時,大規模な国家プロジェクトを進めるうえで,RUSIは主に軍事政策について専門家らが階級・肩書に関係なく疑問をぶつけあえる唯一の議論の場を提供していた。またRUSIの設立にあたっては,軍人・政治家として活躍した初代ウェリントン公爵が尽力した。その後もイギリス王室から支援を受け続けており,当時から同機関が大きい影響力を保持していたことがわかる。現代の覇権国家である米国でも,シンクタンクの重要性は変わらず存立している。米国は世界で最も多くのシンクタンクを有しており,政策立案や海外に向けた研究結果の発信を行っている。17世紀~現代にかけて国際社会で覇権国家を務めてきたアングロ・サクソンは,ソフトパワーとしてのシンクタンクの重要性を熟知していると言える。

 一方,米英ほどではないが,いわゆる東側諸国であるロシアや中国でも,シンクタンクをソフトパワーの行使手段として重宝する動きが見られる。ペンシルバニア大学が発表する「2020 Global Go To Think Tank」によれば,2020年時点で中国には1413のシンクタンクがあるとされており,これは最も多い米国に次ぐ数字である。また,2015年のカザン大学の論文によると,2010年前後から中国でも政府向けに政策立案を行うシンクタンクが影響力を拡大しているとされる。中国共産党から完全に独立したシンクタンクの数は少ないものの,各シンクタンクに与えられる裁量は大きくなってきており,中国の外交政策が外国にとって「脅威」でないことを示すためのソフトパワーとして利用されている。

 ロシアも冷戦終結後からシンクタンクの設立に注力している。ロシア国際問題評議会(RIAC),ヴァルダイ国際討論クラブ等,ロシアの主要なシンクタンクは同国外務省と強いつながりを持っており,西側諸国からは正式なシンクタンクとして評価されないケースも少なくない。しかし,ロシアを専門とする政治学者のカロリーナ・パリン氏は,こうした機関は単なるプロパガンダの発信者ではなく,あくまでもシンクタンクとしての機能を有していると主張する。パリン氏によれば,西側諸国ではロシア政治についての研究は常にネガティブな結論に至りがちなため,異なる観点を提供するロシアのシンクタンクは西側の一部の研究者らにとって貴重かつ有効なネットワークとしてとらえられているという。閉鎖的な特性を持つロシアという国であるからこそ,外務省の後ろ盾が独立型シンクタンクとは違う価値を生み出しているのかもしれない。いずれにしても,ロシアもシンクタンクを通してソフトパワーの拡散を図っていることは明らかだろう。

 日本の状況はどうであろうか。残念ながら,シンクタンクの組織数,発信量,ブランド力などにおいて日本は米英や中国に大きく水をあけられている。同「2020 Global Go To Think Tank」によると,日本のシンクタンク数はわずか137で,アジアでは中国・インド・韓国・ベトナムよりもシンクタンクが少ない。日本にいわゆる米国型の独立したシンクタンクが育たない背景として,官僚機構が長らく政策の形成や設計を独占してきた経緯がある。また,日本のシンクタンクには財界や企業主導で,ビジネスに貢献する目的で設立されたものが多く,政治・経済・安全保障・外交について研究し,いわゆる「ソフトパワー」として国際社会に向けて影響を与えるシンクタンクは限られている。

 日本が取り組むべきことは山積しているが,まずは各国シンクタンクが発するソフトパワーの意図や影響力を理解することが出発点になろう。当社では世界各国のシンクタンクのオピニオンやレポートを集約した「ミウスク」を定期発信することで,世界情勢の把握と各国シンクタンクの知見を理解する活動を行っている(https://chordcorp.com/miwsc/)。各国のメッセージを消化し続けることで,海外に向けたソフトパワー拡大の意識が今後日本でも高まることを期待したい。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2793.html)

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