世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2761
世界経済評論IMPACT No.2761

台湾のマスコミが見た安倍晋三元首相

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.11.28

 安倍晋三元首相(以下,元首相)が凶弾で倒れた一報を受け,台湾の時事テレビ番組「新聞大破解」(司会者・張東旭)は,コロンビア大学博士課程修了のシニアアナリストの呉嘉隆を迎え,元首相の特別番組を組んだ(YouTubeで7月8日に公開)。

 呉嘉隆は,元首相在任の前期,後期および首相退任後の3つの時期にわけて分析した。就任後の前期に「アベノミクス」を提起し,日本に大きな影響力をもたらした。日本経済を刺激するために「3つの矢」の考えを打ち出し,日本経済の円高から円安への推進によって,1ドル80円台から120円台に引き下げた。輸出拡大によって日経平均指数の上昇を促すようになった。「アベノミクス」が打ち出された背後には,サムスン電子が凄い勢いで発展していたことである。それによって日系企業の収益に大きく影響を及ぼした。韓国系企業の発展の背後には,アメリカ政府が意図的に米韓貿易協定を結んだ。アメリカのこの動機の1つは,台湾の馬英九政権は過度に親中路線を打ち出し,アメリカの疑いを招いたこと。したがって,アメリカは韓国を育成し,台湾の発展に制限をかけたという。馬政権は対中開放路線を選んだが,中国との経済交流を積極的に推進し,両岸経済協力枠組協議(ECFA)を締結した。しかし,馬政権期間中に台湾の経済が良くならず,台湾企業が台湾に投資せずに対中投資を行うことによって,経済開放のメリットは相殺された。サムスン電子が頭角を現すと,台湾の電子企業の収益を排除するようになり,激しい競争に晒された。

 ところが,韓国企業が頭角を現したため,同時に日本企業の収益を排除するようになった。元首相はアメリカに行き,「buy Myアベノミクス」を支持するように要請した。すなわち,円安の要請がアメリカに受けられ,1ドル80円台から120円台まで約5割の円の引き下げが行われた。日本企業が輸出で得られたドルを日本円に交換すると,円安により,収益が大幅に改善された。企業の売上高が改善され,株価の上昇を招いた。日本経済はバブル崩壊後,「失われた20年」から「失われた30年」に移る時に,アベノミクスによって改善手段になった。円安によって日本経済を支え,大幅に改善された。これが安倍政権前期の役割である。

 安倍政権の後期と辞職後は強力的に台湾を支え,中国に対抗したと述べた。その中の名言とは「台湾有事は日本有事であり,日米安保の有事でもある」である。元首相の「台湾有事」とは,単に中国からの軍事的侵入だけでなく,中国が台湾に対する海と空の封鎖,ハッカーによるネット侵入による重要なインフラ施設システム(軍事指揮,コンピューター)の破壊,斬首行動(総統の暗殺),フェイクニュースによる台湾内部に衝突や動乱の推進,台湾領有の離島の攻撃も台湾有事の範疇を指す。米台間の「台湾関係法」よりも具体的な内容である。メディアからのインタビューで,元首相は「台湾有事」の中身をこのように説明した。退任後,首相の責務から離れたため,自由に論じることができ,台湾を全力に支持するようになった。事実上,在任中のある出来事から台湾への支持がわかる。

 元首相が習近平国家主席と首脳会談(2018年10月25日)を行ったエピソードを吳嘉隆氏は紹介した。当時,元首相の訪中が日中共同でアメリカへの鉄鋼輸出関税の圧力に対抗し,米中間でバランスを求めるためとメディアは考えた。元首相は2020年に東京五輪の開会式に習主席の訪日を誘い,2007年からの有効期間3年の2000億ドルの日中貨幣互換協定の延長を締結した。

 習主席は「アジアはアジア人のアジアで,日本は日本人の日本である。その他の国(アメリカを指す)から根拠のなく適当な陰から悪口を聞くな」,「中国は誠意をもって,日本との関係を改善したい」と述べた。日本に独自の路線を歩むことを示唆していた。

 元首相の返事は「中国は真心をもって日本との関係改善を図る場合,5つの返事をしてもらいたい」と述べた。「中国は反日宣伝を継続的に推進するのか。中国は反日教育を継続して推進するのか。中国は北朝鮮を継続的に支持するのか。中国の尖閣諸島問題の態度はどんなものなのか。中国は歴史問題に固持するのか」という鋭い質問であった。

 聞いた後,習主席は約5分間も沈黙し,立ち上がり会場を一周回り,深く考えたあと,席に戻った。「中国願意做出努力(中国は努力する)」という8文字の回答を行った。これは典型的な“外交的言語”であり,“YES”でもなく,“NO”でもない回答であった。

 この会談からは元首相が中国に対する基本的な考えを表していると,吳嘉隆氏は指摘した。第1に,元首相は中国(共産党)を信じないことである。第2に,中国(共産党)は日本に対し,歴史問題,尖閣諸島問題,北朝鮮問題を持ち出して,国内では反日教育を行っている。元首相はこの問題を提起し,習主席に直接的に,遠慮せずに訊ねた。第3に,元首相は対中政府開発援助(ODA)を停止すると発表した。このニュースが出た後,中国の若い世代の熱烈の民族主義者(小粉紅)は唖然し,日本が中国にODAの提供があることを知らせず,中国はこの事実を封印したのだ。北京協和医院,上海の空港,重要なインフラ施設,地下鉄などは日本のODAの資金で建設したことだ。元首相が対中ODAを中止する理屈は,GDPの世界第3位の国(日本)が第2位の国(中国)に援助を提供する理由がないという。上述の説明から元首相が中国に対する態度は明らかである。

 元首相の大きな貢献とは,新しい貿易協議の提起および「自由で開放されたインド太平洋地域」の倡議である。日米豪印戦略対話(Quad)は,中国の軍事と経済の野心に対抗する要塞を構築したことである。元首相在任中の2016年末,トランプ大統領が当選されたが,就任前にニューヨークのトランプ宅に訪ねて会談を行い,アメリカの真なる脅威はロシアではなく,中国であると説明した。

 中国が頭角を現したことに対応し,インド太平洋戦略の観点を披露し,後にはQuadへと発展した。Quadは外相や国務長官の閣僚クラスから国防相が加え,さらに首脳クラスのオンライン会議,首脳会議へと発展し,推進者は元首相である。元首相の提言が当時のトランプ大統領が受け入れられ,後のバイデン政権はこの路線を継続するようになった。共和党政権から民主党政権に替わったが,中国が世界最大脅威という基本的な路線には変化がない。

 戦後,日本はアメリカと中国の間でバランスを保ちながら,アメリカに少し歩みの姿勢を貫通した。特に,元首相が退任後,完全にアメリカ傾斜の姿勢を持つようになった。元首相の最も大きな貢献は,戦後,日本の戦略的考えを大きく変化させたことである。そして,アメリカを説得し,受け入れたことである。在任中の後期に,アベノミクスによって日経平均指数の株価を回復したあと,国家安全重視の国家体制正常化を追求し,国家の正常化を追求した。憲法改正が難しい場合,新しい憲法の制定で憲法改正の目標達成を試みるようになった。後には軍事外交,国家の大きな方針を処理するようになった。周知のように,共和党のトランプ政権から民主党のバイデン政権になってもこの基本的な方針が変わっていない。これらの戦略的企画者は元首相である。

 今後,安倍路線は日本の民意から受け入れられるのか,ポスト安倍路線は継続できるのか。また,元首相の推進によって,日本は積極的にインド太平洋での国際安全の責務を担当し,アメリカの支持のもとで自衛隊は,インド太平洋の安全のために米軍と共同で維持する。今後,日本は日本周辺から南シナ海やインド洋,南太平洋の島国に入る。中国がこれらの地域での拡大(軍事基地の獲得など)を防ぐことであると呉氏は述べた。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2761.html)

関連記事

朝元照雄

最新のコラム