世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2760
世界経済評論IMPACT No.2760

福島県相馬市に立地するカーボンニュートラルへの拠点:そうまIHIグリーンエネルギーセンター

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.11.21

 今年の8月,そうまIHIグリーンエネルギーセンター(以下では,SIGCと略す)を見学する機会があった。福島県浜通り北部の相馬市に立地するSIGCは,水素を活用してCO2(二酸化炭素)フリーの循環型地域社会創りをめざす研究開発拠点である。

 SIGCが誕生したのは,2018年4月。東日本大震災の被災地として未来志向型の復興を実現しようとする相馬市の想いと,再生可能エネルギーの地産地消を通じて脱炭素社会の形成に貢献しようとするIHIの想いが結びついた結果であった。

 相馬市とIHI,および自治体新電力を全国で展開するパシフィックパワーは,「地域の再エネ最大利用を目指した相馬市スマートコミュニティ事業」で20年度の新エネ大賞・経済産業大臣賞(最高賞)を獲得した。同事業の中心的な舞台となったのは,ほかならぬSIGCである。

 SIGCは,その後も進化を続けている。見学時点でも,様々なプロジェクトが進行していた。

 SIGCの事業は,再生可能エネルギーで電気をつくることから始まる。約54haにわたる全体の敷地の半分ほどを使って敷き詰められた太陽光発電用パネルは,1600kW,PCS(パワーコンディショナー)出力では1250kWの電気を生み出す。そのほか,出力10kWの小規模な風力発電設備も併置されている。

 太陽光パネルの下で自走する草刈り用ロボットのロボットモアが,目を引いた。家庭用の掃除ロボットを一回り大きくした感じで,草刈り・充電を全自動で行う優れものだ。人手をかけたりヤギを飼ったりするよりも,低コストでパネル下の雑草を刈り取るという。

 SIGCは,再エネで生産した電気を周辺地域に供給する。6600Vの自営線を敷設して,近隣の下水処理場,下水汚泥乾燥設備,ごみ焼却場(クリーンセンター)等へ送電しているのだ。

 このうち下水汚泥乾燥設備では,太陽光発電の余剰電力を熱(蒸気)に変換し,それを使って下水汚泥の有価物化に取り組んでいる。19年度に肥料登録をすました「循環肥料そうま」が,それだ。ペレット状になった製品は,農地改良に使われる。従来,産業廃棄物としてコストをかけて処理していた下水汚泥が有価物に変わることは,相馬市の財政改善にも貢献する。この取組みは,ヨーロッパでは広く行われているものの日本ではまだまれなP2H(パワー・トゥ・ヒート)を実践したものであり,電気と熱の垣根を超える「セクター・カップリング」の先進的な事例だと言える。

 SIGCは,太陽光発電の余剰電力を熱に転換するだけでなく,水素に転換することも行っている。敷地内に,PEM(固体高分子)型(30ノルマル㎥/時)とアルカリ型(25ノルマル㎥/時)の2種類の水電解装置,および400ノルマル㎥を貯蔵できる水素タンクを擁し,水素をつくり,ためる。SIGCは東北電力の送電系統とも連結しているが,電気が足りない時に供給を受けるだけで,電気が余った時に送り出すことはしない仕組みになっている。したがって,余剰電力が生じた際には敷地内での水素製造に充当するわけであるが,アルカリ型水電解装置はベースロード用に向き,PEM型はピーク調整用に優れるという興味深いお話をうかがった。

 SIGCは,水電解装置や水素貯蔵タンクに加えて,燃料電池や蓄電池もあわせもつ。2基の蓄電池のPCS出力は,合計1000kWに及ぶ。非常時には,SIGCでつくられた水素由来の電気が,400Vの別の自営送電線を使って,やはり近隣にある復興交流支援センターへ供給されることになっている。SIGCは,災害対応事業にも一役買っているわけである。

 SIGCは,水の電気分解によって水素とともに副生される酸素の有効活用にも取り組む。敷地内でニジマス等の陸上養殖に取り組んでいるのが,それだ。

 SIGCの中心に位置するそうまラボは,水素関連の研究開発を進めるオープンイノベーションの実験場である。そこでは,水素と二酸化炭素(CO2)からカーボンニュートラルな合成メタンを製造するメタネーションの実証試験が行なわれている。毎時12ノルマル㎥のメタネーション装置は,高性能の触媒の利用,2段方式の採用などによって,良好な運転実績をあげていると聞いた。

 SIGCでつくられた合成メタンの一部は,敷地内に設けられた特設ステーションで,相馬市が運営する「おでかけミニバス」に供給される計画である。合成メタンのモビリティへの活用としては,日本で初めてのケースと言える。

 最近になってSIGCは,空気中から二酸化炭素を直接回収するDAC(Direct Air Capture)の研究,開発にも取り組むようになった。回収した二酸化炭素は,敷地内にある水耕栽培施設で,リーフレタス等に生産に活用する予定だ。

 このようにSIGCは,日々進化をとげている。そこで展開される様々なプロジェクトには,「再生可能エネルギーと水素を活用したCO2フリーの循環型地域社会創り」という一筋の方針がしっかりと貫かれている。

 カーボンニュートラルを実現するためには,メタネーションやDACのようなイノベーションの遂行が強く求められる。一方で,再エネや水素を地域社会で有効に活用する仕組みづくりが必要不可欠であることも,忘れてはならない。この両面を同時に追求する点にSIGCの特徴があり,これからも,カーボンニュートラルへの挑戦を牽引する全国的拠点の一つであり続けるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2760.html)

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