世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パンデミックとウクライナ侵攻がもたらす「常識」の修正
(専修大学経済学部 教授)
2022.10.24
経済史家のアダム・トゥーズは,著書『世界はコロナとどう闘ったのか?——パンデミック経済危機』(江口泰子訳,東洋経済新報社)で,コロナ危機に際して各国が採用した一連の大規模な経済対策をふまえて,いわゆる新自由主義——財政規律の重視,資源配分における市場の役割の重視,政府介入の最小化等々——が「おそらく政府の一貫したイデオロギーとしては,終わりを迎えるのだ」と指摘している。筆者も同様の印象をもっている。
2020年5月18日に本サイトに掲載された「コロナショック後に来るもの」において,筆者は,以下のように述べた。
リーマンショック後にとられてきた「非伝統的金融政策」は事実上の財政政策だったが,このことを否定する人がほとんどいなくなる可能性が高い。政府債務の良しあしについての社会的合意が変化するところまで行く可能性も十分あろう。米国の財政赤字(対GDP比)はコロナショック前の3倍になったが(15%),長期金利はむしろ低下している。FRBが無制限の債務引き受けを開始したためが,これがいつまで続くのか,また,金利高騰(国債価格の下落)の兆候がみられたときに中央銀行と政府がさらなる対応をとるのかどうかが目先では重要だ。現実的には対応せざるをえない。
2021年10月13日発表のIMFの財政報告によれば,世界全体でコロナ財政支援は1900兆円に達したとされるが,これは,ディスインフレと低金利の併存という条件があったからこそ可能になった側面がある。上の指摘にもあるように,2020年5月現在では世界的に金利は低下していたが,その後の経過は周知のとおりだ。その条件はなくなった。物価が高騰し,各国中銀は利上げと量的引き締めに踏み切らざるをえなくなっている。
ディスインフレと低金利はボルカー・ショック以来30年以上続いた巨大なトレンドだった。この間,利回りがほぼゼロにもかかわらず,国債の需要は減らなかった。国債バブルといってもいい状況が長期にわたって続き,それは半ば常識化した。しかし,足元のアメリカの長期金利(10年債利回り)は,ピークである15.742%(1981年9月)から現在にかけての回帰直線の上方2σを大幅に乖離して推移している(2022年10月15日現在で4.022%)。ドル金利の上昇はドル高を招いており,ドル指数もまた,1980年代以降の長期にわたる下落トレンドの修正をうかがわせるような状況である。
「ディスインフレ+低金利」は,先進国の公的債務への依存だけでなく,ドル建て債務の負担軽減によって新興国の成長の条件にもなっていた。こうした条件が修正されるとすれば,過去30年間に我々が経験した世界経済の「常識」が大きく変わる可能性がある(イギリスのトラス政権の減税策に対する英国債の急落は,その不気味な予兆であるように思える)。「その転機はパンデミックとウクライナ侵攻であった」と後世の教科書に刻まれるかもしれないが,それにもかかわらず,我々は公的債務への依存以外の経済モデルを生み出せていない。
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