世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2713
世界経済評論IMPACT No.2713

なぜ,TSMCが世界最大のファウンドリーになったのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.10.17

 半導体製造に欠かせないのは,露光装置である。TSMC(台湾積体電路製造)が世界最大のファウンドリー(半導体の製造を請け負い企業)の座を得るに至ったのは,露光装置メーカーであるASML(蘭)の役割が大きい。世界の3大露光装置メーカーはASML,Canon,Nikonである。そのうち,ASMLは63%の市場シェアを占めている。

 ASMLとTSMCが協力関係を構築したのは,2002年にインテルが半導体業界に呼びかけたEUV LCC連盟にTSMCが加盟できなかったことに端を発する。同連盟はメンバー限定の6社しか参加できず,最後のポストもIBMに取られた。

 TSMCのR&D副総経理(当時)林本堅(現在,清華大学半導体研究学院院長)の開発した193nm(ナノメートル)の液浸リソグラフィ(Immersion Lithography)技術が,ASMLから注目されたのが契機となり,TSMCはASMLと共同でR&D(研究・開発)を行うようになった。リソグラフィとは,半導体を製造する際に,基板に光や電子ビームなどで回路パターンを転写する手法のことで,露光装置(ステッパ)と呼ぶこともある。最終的に業界は157nmの乾式技術リソグラフィ設備の約10億ドルを放棄し,193nmの液浸リソグラフィ技術を採用した。TSMCは業界をリードし,55nm製造プロセスのチップが開発されるに至った。要するに,林本堅氏の「液浸リソグラフィ技術」により,世界の半導体業界は未来に大きな青図(完成予想図)を描けるようになり,ASMLとTSMCは半導体の新技術世代を築いた。

 当時,TSMCと聯華電子(UMC)は台湾の2大ファウンドリー企業で,実力はそれほど大差なかったが,この液浸リソグラフィ技術の成功によって,両者の技術力の差は開いた。その後,TSMCは28nm,20nm,16nm,10nm,7nm,5nm,4nm,3nmを次々と世に送り出し,ライバルのインテルを凌駕,ファウンドリー企業の王者の地位を構築した。ASML製の液浸リソグラフィ(深紫外線露光装置(DUV)と極端紫外線露光装置(EUV))は,他社も購入できる。なぜTSMCがこの版図で王座を獲得したのか。その理由は次のようであると考えられる。

独自のコア半導体技術と半導体産業の集積効果

 世界トップクラスの多くの特許,独自のコア半導体技術を擁し,同時に知的所有権を駆使しライバルの参入を阻止した。これらの独自の技術に加えて,TSMCの高い歩留り率(良品率)は,海外の有名企業を魅了し,製造,R&D,設計拠点が台湾に設けられるようになった。

 これによりTSMCは半導体のサプライチェーン(SC)を構築し,産業集積の効果,産官学の協力,利益共同体のウィンウィン効果が発揮することができた。新竹,中部(台中),南部(台南,高雄)の3大サイエンスパークから2時間以内の地点に,原材料,装置,部品などが集積している。TSMCは半導体製造に必要とする部品(フォトマスク,半導体ウエハーの研磨など)のSCも育成した。台湾の中國砂輪(KINIK)がその好例である。この企業は伝統的な研磨ツール,研削砥石(グラインディングストーン)の企業であったが,TSMCなどの指導と協力によって,再生ウエハー(半導体の製造過程,製造プロセスのモニター(Monitor wafer)とダミーウエハー(Dummy wafer)に使われたウエハーを回収し,再利用),スマートフォン筐体金型のハイテクの領域に参入するようになった。

 また,台湾には信越化学の原料製造工場があり,TSMCに原料を供給している。半導体製造設備最大手のアプライド・マテリアルズ(AMAT)は台湾に組立,保守センター,ASMLは設備装置使用のトレーニングセンターなどを設けている。こうした企業が連携し,いかなるトラブルが発生しても,直ちに対処することができる。そのほかに,TSMCの顧客であるファブレス(製造設備を持たない半導体設計企業)のクアルコム,Nvidia,AMDなどは台湾にはデザインハウスを設けており,TSMCとの事業の連携が容易である。半導体産業で集積効果が存分に発揮することができることは,世界でも稀なケースである。

 TSMCが磁石のような効果を見せ,台湾には海外から多くの人材が集まり,ベンチャー企業が設立されている。低いコスト(工場を持たない)で,ハイリターンが得られる「ファブレス」は,知識的集約産業であり,台湾のサイエンスパーク周辺に,多くが集積するようになった。

 TSMC創業者張忠謀(モリス・チャン)が世界で初めて考案したのが「ファウンドリー・ビジネスモデル」である。当時,アメリカのシリコンバレーにアイデア豊かな大学卒の若者が集まり,ファブレスを設けて,さまざまな半導体を設計した。しかし,若いがゆえに,資金力がない。彼らは地球の向こう側に,TSMCというファウンドリー企業があることを知り,TSMCに手紙で協力を求めた。これを受け取ったモリス・チャンは直ちに電話をかけた。この電話を受け取った青年は「Keep quiet, Morris call me(静かにしろ,モリスからの電話だ)」と言った。これが台湾生まれのNvidia創業者であるジェンスン・ファン(黃仁勳)とモリスとの最初の出会いであった。ジェンスン・ファンは「モリスとの出会いがなかったら,私はシリコンバレーで小さな会社でひっそりとビジネスしていただろう」とモリスが現役の時に開催されたTSMCフォーラムでこのエピソードを披露した。現在,Nvidiaは世界第3位のファブレス企業である。クアルコムも同じようにTSMCの協力によって世界第1位のファブレス企業になった。

 当時,半導体は設計,製造,封止・検査がIDM(垂直型)を一社で行っていたことが主流であった。設計,製造,封止・検査が別々の領域で発展する新しいビジネスモデル(水平分業)は,後には業界の主流になる。

持続的に投資し,ライバルを寄せ付けない

 半導体産業は資本集約,技術集約の産業である。特に,高性能計算のHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)用のウエハー製造工場は,数百億ドル単位の投資が必要だ。電子機器の製造と設計のSC全体を統合する業界団体は国際半導体製造装置材料協会(SEMI)である。SEMI発表の年別世界のウエハー製造の設備支出額を見ると,2019年550億ドル,2020年640億ドル,2021年910億ドル,2022年1090億ドル(予測),2023年1090億ドル(予測)に達し,史上最高を更新している。ちなみに,TSMCのHPCの市場シェアは84%である。

 2008年の金融危機時,TSMCのモリス・チャンは,スマートフォンの将来需要を予測し,いち早く28nm(ナノメートル)の半導体チップ製造に投資した。これがTSMCの急速な成長を促した要因になった。2015年,TSMCはさらに8インチ,12インチウエハーの生産能力向上に投資し,R&Dの強化,先進封止能力を向上させた。2022年,TSMCの設備投資額は,世界最大規模に達した。投資による半導体競争はマネーゲームであり,他社よりも早くウエハー工場の拡大建設に着手したことで,ライバルとの競争で優位な地位を維持することができた。

 世界のパソコン,タブレット端末,スマートフォン,EV(電気自動車),自動運転,5G応用,AI(人工知能),IoT(モノのインターネット),ビッグデータなどは,半導体が欠かすことができない分野である。半導体の線幅の微細化,性能アップ,良品率の向上,生産能力の拡大を掌握できた企業は,ハイテク競争で優勢を取得することができる。

 この3年弱,世界はコロナ禍の影響を受け,半導体産業はSC分断の危機に直面した。日米欧などの先進国は半導体の製造能力の不足がクロースアップされるようになった。日本政府は補助金を提供し,TSMCの工場(熊本工場)を誘致し,アメリカでも「半導体法案(CHIPS and Science Act)を通じて,アメリカのTSMCの半導体製造(アリゾナ工場)とR&Dに補助金を供与している。

[参考文献]
  • 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」。
  • 林本堅『把心放上去:「用心則樂」人生學(增訂版)』啟示出版,2022年。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2713.html)

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