世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2692
世界経済評論IMPACT No.2692

脱炭素化に向け水素の利活用をめざす伏木富山港

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.09.26

 今年の7月6日,一般社団法人富山水素エネルギー促進協議会(以下,協議会と略す)が主催した伏木富山港湾視察に参加する機会があった。この視察は,NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の採択事業である「伏木富山港の脱炭素化に向けた水素利活用トータルシステム調査」の一環として実施された。酷暑のなか,一日で7箇所の見学を行うという強行軍であったが,きわめて充実したプログラムであり,多くの知見を得ることができた。

 この視察は,朝9時に富山駅で集合したのち,バスでまず西に向い,高岡で折り返して,今度は東へ向かって1箇所ずつ見学し,夕方5時に富山駅で解散するという行程で行われた。協議会の事務局をつとめる北酸の担当者の方々のご努力もあって,それぞれの見学は効率的にアレンジされ,スムーズな流れに乗って,あっという間に1日が過ぎ去った。

 先ず訪れたのは,日本曹達高岡工場である。工業塩の野積み場を見たのち,電解装置を見学した。一つの建屋に整然と並ぶ多数の電解槽では,2Nacl(塩化ナトリウム=塩)+2H2O(水)→2NaOH(苛性ソーダ)+Cl2(塩素)+H2という反応(塩水の電気分解)が静かに進行していた。需給関係にあわせて苛性ソーダ・塩素・水素をバランスよく生産するため,水素の製造量は安定しないが,水素は自家用(製品原料用およびボイラー燃料用)に充てるとともに,隣接する関連会社に供給している。この工場は,伏木富山港地区で水素の利活用を進めるうえで,水素の重要な供給源となるだろう。

 次の見学先は,伏木万葉埠頭バイオマス発電合同会社。東京ガスの子会社である同社は,出力5万1500kWの大型バイオマス発電所の運営をしている。ピカピカの設備が夏の日差しを受けてまぶしかった。燃料には,いずれも輸入した木質チップとヤシ殻(KPS)を使用。5棟ある収納庫のなかにはいると,二つの燃料の水分含有度や形状・色彩の違いがよくわかった。

 3番目の訪問先は,伏木海陸運送の倉庫である第1CFS(Container Fright Station)上屋。ここでは,水素を燃料とするFC(燃料電池)フォークリフトの運転を実演していただいた。価格が高く小型ではあるもののFCフォークリフトには,電動フォークリフトより燃料充填時間が短く,軽油フォークリフトより操作性にすぐれるという特徴があるそうだ。この倉庫には,協議会から貸与された水素の簡易充填機が設置されていた。充填圧力は19.6メガパスカルにとどまるが,フォークリフト用としてはそれで十分とのこと。経済的で運搬可能な水素簡易充填機の今後の活用が,期待される。

 続いて,国土交通省伏木富山港湾事務所の港湾業務艇「なごかぜ」に乗って,伏木富山港の新湊地区の湾内を一周した。真下から見上げた美しく雄大な新湊大橋,港内の一角に係留された帆船・海王丸などの景観も素晴らしかったが,何と言っても商業港としての活況ぶりが印象的だった。新湊地区の港湾は,年間7.3万TEU(20フィートコンテナ換算)ものコンテナだけでなく,石炭・天然ガス・木材チップ・アルミインゴット等のバルク貨物も取り扱う。新湊地区に伏木地区と富山地区を加えた伏木富山港は,国土交通省が推進するカーボンニュートラルポートの要件を十分に満たしているように感じた。

 その後再び陸に上がって,北陸電力富山新港火力発電所へ向かった。息せききらしながら階段を登って,敷地の中央に位置する4階建ての建屋の屋上に立つと,同発電所の全容が見渡せる。LNG(液化天然ガス)船が着く受入バース,巨大な容量18万㎥のLNGタンク,石炭を荷揚げするアンローダ,高いフェンスで囲まれた広大な貯炭場,それらの先には,それぞれ出力25万kWの石炭火力発電棟が2棟,24万kWと50万kWの石油火力発電棟が2棟,42.47万kWのLNG火力発電棟が1棟,仲良く肩を並べる。24万kWの石油1号機は運転休止中だが,他はすべて運転中で,それらの合計出力は,現在稼働中の北陸電力の全発電所のなかで,最大だと聞いた。そもそも,同一敷地内に石炭・石油・LNGのすべてがそろう火力発電所は,全国でここしかない。これらが,今後,どのように脱炭素化していくのか,注目したい。

 次の見学地である日本海石油富山油槽所は,1969年に製油所として開設された。その後2009年に油槽所に転換したため,主要な石油精製設備はすでに撤去されている。したがって敷地内には,遊休地や未使用タンクが存在する。日本海石油の親会社であるENEOSは水素への取組みを積極化しているので,今後,これらがどのように有効活用されるか,目が離せない。

 最後に訪れた日本海ガス岩瀬工場では,直江津からの①INPEXのパイプラインおよび②近隣のLNG受入基地からのローリー輸送の2系統で,製品ガスの製造・供給を行っている。岩瀬工場は,この両者について付臭を施すとともに,熱量調整が済んでいない②については,LPG(液化石油ガス)を混入して,45メガジュールへの熱量上昇を実施している。欧州では,再生可能エネルギー由来の電気で水を電気分解して得た水素をガス導管に注入する「パワー・トゥ・ガス」がさかんに行われているが,岩瀬工場を起点とするガス導管網の充実は,その可能性を示唆するものである。

 これらの一連の見学を通じて,「伏木富山港の脱炭素化に向けた水素利活用」には十分な可能性があることを実感できた。充実した真夏の一日であった。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2692.html)

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