世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2681
世界経済評論IMPACT No.2681

IPEF交渉開始と今後の課題

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.09.19

構想発表から1年で交渉スタート

 2022年9月8−9日,米国ロサンゼルスで開かれた閣僚級会合(初の対面形式)で,参加14ヵ国がIPEF(インド太平洋経済枠組み,Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity)(注1)の発足に合意し,交渉が開始された。

 IPEFは,バイデン大統領が1年前の2021年10月27日,第16回東アジア首脳会議(EAS)でその基本構想を発表し,翌2022年2月11日,米国家安全保障会議が発表した『インド太平洋戦略』の中で,同地域の繁栄の促進を達成するための行動計画として位置づけられた。同年5月12−13日,ワシントンで開かれた米・ASEAN特別サミットを経て,5月23日,訪日したバイデン大統領が日米首脳会談後,IPEFを13ヵ国で発足させると発表し,3日後フィジーの参加で参加国は14ヵ国となった。

 上記の『インド太平洋戦略』では,「IPEFのスタートは2022年の早い時期」と書かれていたが,その後米政府内および参加各国との調整に手間取り,スタートは半年以上の遅れとなった。しかし,従来の自由貿易協定(FTA)と比べると,構想の発表から交渉開始までの期間が1年というのはむしろ短期間であった。FTAと違い,IPEFは市場アクセス交渉を含まず,デジタル経済ルールの設定,強靭なサプライチェーンの構築,クリーンエネルギーへの投資など,「新たな経済的挑戦に対処する21世紀の経済取り決め」(サリバン国家安全保障担当大統領補佐官)を構築するものだけに,調整には予想以上の時間がかかったようだ。

 しかし,インドが4本の交渉の柱(貿易,サプライチェーン,クリーン経済,公正な経済)のうち,「貿易」については交渉参加を見送ったものの,他の13ヵ国が4本の柱のすべてに参加することになったのは,予想を超える成果であろう。

IPEFを次の米政権に引き継ぐことが必須

 IPEF合意の詳細は他に譲るとして(注2),ここでは今後の課題を若干挙げておきたい。最大の課題は,IPEFをバイデン政権だけで終わらせてはならないことだ。バイデン大統領が再選されれば問題はないが,仮にトランプ前大統領のような人物が次の大統領になったとしても,米国はIPEFを継続発展させねばならない。2025年1月20日に発足する新政権がIPEFを放棄したりすれば,米国の対外経済政策の信頼性は地に堕ちることになる。

 IPEFは,FTAのように議会が可決したFTA実施法のような法的基盤がない。大統領の方針とそれに同意した国との間で交渉が進められる。次の政権がIPEFを引っくり返せないようにするには,IPEFを米国とインド太平洋諸国との間のシステムとして確立しておくことが必須である。これが,バイデン政権の残り2年数ヵ月の間の最大の課題となる。

 第2に,そのためにはまず交渉を早期に終結する必要がある。バイデン政権は合意の時期として,2023年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の頃を目指しているようだが,2023年のAPECは米国が議長国となり,APEC首脳会議の前後に開かれるG20の議長国インドはIPEF加盟国である。こうした重要会議の日程を勘案すれば,遅くとも2023年10月以前には合意に達することが必要であろう。

 第3に,合意に達する過程で日本の役割が極めて重要となる。4本柱それぞれの閣僚声明によると,細かい交渉項目は合計24項目にもなる。参加する新興国・途上国の思惑もさまざまに異なる。交渉の進め方,合意の水準,合意に拘束力を持たせるか否かなど,多くの課題を解決してゆくうえで,日本は米国と特に新興国・途上国との間の調整役として重要な役割を担うことになろう。

 日本が傍観者でいることはできない。バイデン大統領がIPEFの発足を東京で行った意味は非常に重い。

[注]
  • (1)米国の公式文書でIPEFのあとに,‘for Prosperity’ が追加されたのは,バイデン大統領が2022年5月23日,東京で発表した文書以降である。
  • (2)IPEFの詳細については,菅原淳一「米国のインド太平洋経済戦略」『みずほインサイト』2022年5月31日,同「交渉入りしたインド太平洋経済枠組み」『Mizuho RT Express』2022年9月12日,ともにみずほリサーチ&テクノロジーズ,4本柱の詳細については,ジェトロ「インド太平洋経済枠組み,初の対面閣僚級会合で交渉目標を設定」『ビジネス短信』2022年9月12日の添付資料,IPEFの経緯については,滝井光夫「本コラム,No.2407」2022年1月31日,「同No.2427」2022年2月21日,「同No.2549」2022年5月30日を参照。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2681.html)

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