世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2658
世界経済評論IMPACT No.2658

グローバル・バリュー・チェーンの参加率について

池部 亮

(専修大学商学部 教授)

2022.08.29

 米中対立は,関税合戦による貿易戦争,中国の通信設備大手のファーウェイへの制裁,ハイテク分野の半導体の囲い込みなど技術覇権争いが顕在化してきた。また,ウクライナ危機では米中の外交的な立場や政治体制の差異が改めて浮き彫りとなり,台湾を巡る対立では軍事的な緊張も一時期高まるなど,米中対立から目が離せない状況が続いている。

 自由貿易体制を前提に構築されたグローバル・バリュー・チェーン(GVC)は,米中対立の先鋭化とともに機能不全を起こす可能性が指摘されるようになった。比較優位に基づく経済合理性を是として構築されたGVCは,これまでほとんど気にする必要がなかった地政学リスクに新たに直面しているからである。GVCは国境を越えた重層的な相互依存関係によって成り立っている。部品や材料の生産停止や輸送の滞留など,複雑化したGVCのどこにどのような途絶リスクが潜在するのかを洗い出すことは容易ではない。それでも,脆弱性がある部分を見つけ出し調達先の複線化や生産拠点の分散立地などをグローバル企業は急ぐ必要がある。

 現在のところ全面的な市場のデカップリングというよりも一部の品目で技術の囲い込みなどが起きている。例えば,米国は経済安全保障の観点から半導体のGVCを日米台韓で連携し強化する「半導体同盟(Chip4)」の結成を目指していると報じらる(注1)。また2022年8月,米国は半導体の国産化や開発に対して約7兆円の補助金を投じる法案を成立させた。米国系インテルをはじめ,韓国系サムスン電子,世界最大の半導体受託製造企業の台湾積体電路製造(TSMC)などの半導体の新工場を米国に建設する費用に対して拠出される見通しだという(注2)。

 さて,本稿ではGVCそのものに注目して考察してみたい。そもそも自由貿易の成果物ともいえるGVCは,どのような統計によってその姿が明らかにできるのか。GVCの頂点は世界的な企業であり,こうした企業の調達と供給の膨大な資料でもってのみ,GVCの全体像は見えてくるであろう。しかし,世界に存在するGVCの規模や構造を全て明らかにすることなど不可能である。ということで,ここでは各国・地域がどの程度GVCに参加しているのかについて,経済協力開発機構(OECD)が定義するGVCへの参加率から考察していく。OECDの“Trade in Value Added(TiVA)”データベースによると参加率には後方と前方の2つの種類がある。後方参加率は自国が中間財の調達国としての参加率を示し,自国の輸出生産に必要な中間財をどれだけ外国からの輸入に依存しているかを示す数値である。一方,前方参加率は自国が中間財の供給国としての参加率を示しており,自国がどれだけ世界に必要とされる中間財生産国であるかを示すものである(注3)。

 後方参加率が高い国は自国の輸出に占める中間財輸入額の大きい国であることから,労働集約的な組立加工などの川下工程を担う国であると推測できる。OECD加盟国である先進国38カ国の後方参加率は平均で,1995年に3.5%,ピークは2012年の10.1%,2018年に8.4%であった。中間財を輸入して輸出財を生産するという構図は,モジュラー化などの進展で先進国においても後方参加が可能になったとみることもできるであろう。次に中国は1995年に15.8%,ピークは2004年の23.8%,2018年は17.2%であった。中間財を輸入して輸出財生産を拡大してきた「世界の工場」も徐々に変化している。東南アジア諸国連合(ASEAN)は1995年に26.8%,ピークは2005年の32.7%,2018年も32.0%であった。ASEANは輸出財に必要な中間投入財の3割超を輸入に依存する後方参加率の高い地域のまま現在に至っている。

 次に前方参加率は中間財の供給国としてGVCに参加している度合いを示している。このため工業化の進んだ先進国が高い水準,発展途上国が低い水準にあると考えられる。OECDの平均値をみると,1995年に18.4%,ピークの2005年に23.6%,2018年は19.7%となった。中国は1995年の12.6%から緩やかに上昇を続け2018年に19.3%となった。ASEANは1995年の11.6%,ピークは2008年の17.4%,2018年は14.9%であった。

 全体として後方参加率も前方参加率も2000年代中ごろにピークを迎え,緩やかに低下してきていることが分かった。これは急拡大を続けてきた貿易・投資などの経済のグローバル化が2010年代以降は横ばいに転じ,いわゆるグローバリゼーションが到達点を迎えたとする見方(注4)を支持する結果と言えるかもしれない。いずれにせよ,中間財を輸入して輸出生産をおこなうGVCへの後方参加率はASEANが32%超と高い比率にあるが,詳細をみるとベトナムが51.1%,シンガポールが47.3%,マレーシアが34.8%,タイが34.6%であった。シンガポールは保税倉庫を活用した中間財の中継貿易が大きいと推測できる。GVCの強靭化や分散先として選好されるベトナムは,既にGVCへの後方参加率がOECDの調査対象66カ国・地域の中で第3位に来る輸出生産立地のメッカとなっているのである。

[注]
  • (1)『時事ドットコムニュース』(2022年5月20日)「日米台韓「半導体同盟」視野 バイデン政権、中国に対抗―日韓歴訪」(2022年8月25日参照)。
  • (2)『日本経済新聞』(2022年8月10)。
  • (3)OECDによる定義は次のとおり。GVCへの前方参加率は,他国の輸出総額に具現化された自国の付加価値額が自国の輸出総額に占める割合で,後方参加率は自国の輸出生産に投入される他国からの輸入額が,自国の輸出総額に占める割合である。
  • (4)小山大介「付加価値貿易から見た米中貿易―もう1つの「国際分業」の形」中本悟・松村博行編著『米中経済摩擦の政治経済学』晃洋書房,2022年
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2658.html)

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