世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
総合金融機関に変貌:フランス型ユニバーサル・バンキングの強み
(ITI 客員研究員・元帝京大学 教授)
2022.07.11
ユーロ危機で苦境に陥った欧州連合は,民間金融機関部門を立て直し強化するため銀行同盟を2012年に立ち上げた。しかし,銀行同盟はその3つの柱,即ちSSM(単一監督メカニズム),SRM(単一破綻処理メカニズム),EDIS(ヨーロッパ預金保険スキーム)の内,監督と破綻につぐ預金保険にまで至らず未完成のままである。公的ソブリン債務危機の背後に横たわる民間金融機関や銀行業務のグローバル化と救済方法の欠如はEU財政金融政策と共通通貨ユーロのアキレス腱であった。「銀行同盟は死んだのか。絶対に違う。しばし仮眠しているが,死んだわけではまったくない」とEU当局は強調する。だが,EU加盟国はここ数年間多くの難問を抱え,地政学的問題や経済問題への対応に迫られきた。それが銀行同盟を完成させる意欲を低下させてきた。あまつさえ2020年以降,EUの財政金融政策はアムステルダム協定を棚上げにして機能不全に陥っている。
しかしながらユーロ危機後10年の間に銀行そのものを取り巻く内外の情勢は大きな変貌を遂げている。90年代や2000年代にはBNP Paribas銀行やドイツ銀行の深刻な不祥事が発生,フランスでもサルコジ,オランド,マクロンの歴代の大統領も銀行業務と証券業務を分離することを大統領選挙時の公約に掲げてきた。しかし当時,世界的に大きな課題であった銀行と証券の業務分離は,今日ではその環境がすっかり変わってしまい,銀行は新たな脱皮を求められている。大統領選挙公約も宙に浮いてしまった。
一方,フランスの銀行に「異変」が起こっている。まず第1に都市銀行や地方銀行,いわゆる市中銀行の支店閉鎖が相次いでいる。フランスの銀行業界は革命的な転換期を迎えていると言われている。現在,フランス国内全体で約4万店ある銀行の店舗は,タブレット,スマートフォン,ネット,フィンテック・アプリ,モバイルPOS,仮想通貨,ブロックチェーン,現金引出し機の機能多様化などによって,窓口で顧客が列を作ることは本当に少なくなってしまった。2012年の数字だが,フランスには,258の銀行・金融機関が存在し,1億4520万7169人の顧客がいる。個人,法人企業の資格で銀行口座を有している顧客数はフランスの人口(6570万人)の2倍に相当する。ここには消費者ローンだけ行ういわゆるノンバンクは含まれていない。また開設・閉鎖など国内金融機関の口座情報管理制度(FICOBA)によれば,フランスの金融機関に銀行口座を有する個人は8000万人である。6570万人のフランスの人口からすると,多くの外国人が口座を持っているか,一人のフランス人が複数の口座を持っていることを示している。一般的にはフランス人は一人当たり1.155の銀行口座を持っていると言われているが決裁の多様化で店舗を素通りする銀行取引や業務がまたたく間に拡がった。
第2に銀行の店舗数が減っている理由は,まず高齢化社会の進展で年金退職者が急増したことに伴い,就業人口そのものの伸びが鈍化したこと。次にインターネットによるBtoB,BtoCのEコマースの増加である。さらに銀行の顧客サービスの多様化が一段と進んでいることが挙げられる。この点について,銀行の取り扱う顧客サービスは,保険,投資信託,住宅ローン,自動車ローン,電話ネット機器自動支払い,相続税務相談,消費者ローンなど拡大の一途を辿っており,勢い業務範囲の拡大が各行とも急務になってきた。多くの銀行では小規模の店舗を閉鎖して拠点となる店舗の面積を拡張したり,相談アドバイザーの増員などで対応しようとしている。このような動きは銀行業務の業態多角化であり,銀行の総合金融サービス産業という性格を強めてきている現象である。銀行・証券分離という単純な棲み分け論が再び有力になりつつある米国などの動きとは逆に,欧州大陸,とりわけアングロ・サクソン的な直接金融サービスに間接金融の長所も取り入れたてきたフランスのハイブリッドな事例は,ユニバーサル・バンキングの長所や利点として評価されるべきであることを示していると考えられる。
第3に金融のデジタル化,ネット銀行の追い上げ,メガバンクが日本でもフィンテックに強いネット証券との資本提携など各銀行グループは機能の統合や集約で高度な金融サービスを提供し金融市場の変化に応えることが避けて通れなくなった。日本でも銀行と証券による情報共有に歯止めをかけるファイアウォール規制が1993年の銀行証券の相互参入に合わせ導入された。独立系証券は規制緩和に反対したが銀行優位の時代も終わりも,上場企業を対象にその規制も緩和された。
フランスではノーベル経済学賞も受賞したモーリス・アレ(Maurice Allais)は,銀行が自己の得た利益を投機的な行為に至るのを禁止すべきで,それは丁度,銀行の子会社や投資ファンドが銀行からの借り入れ資金で投機行動に走ってはならないのと同様であると言っている。またパリ鉱山大学教授のP・N・ジロー(Giraud)は投機行為自体を禁止するということではなく,要するに投資家は他人の金でなく自分の金で投機をするべきであると主張するなど,銀証の峻別をする意識の重要性は忘れてはいない。
こういう中でフランスにおいて金融業務の業態を超えた再編が始まっている。子会社を通じた業態間の相互参入,小売流通業等の非金融業による消費者向け金融サービスの提供,保険商品の販売引受業務,市場を介在させた資金運用者と資金調達者の複合的な仲介機能,総合金融サービスや地域密着型専門金融サービスなど多様な銀行業務の展開を考えていく時,果たして銀行業務と投資業務を分離させる方向が銀行経営にとって望ましいものかどうか。むしろ危機に際してその総合金融機関という意識で対処したフランス型のユニバーサル・バンキングこそが見直されていいのではないかと考える。英米に比し「臆病な」リングフェンスを志向する,事実上の銀行業務の規制緩和,すなわちユニバーサル・バンキングの流れが大陸のフランスを筆頭にドイツも含めて一層主流になりつつある。
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