世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2565
世界経済評論IMPACT No.2565

EU改革は遠のく

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・帝京大学 元教授)

2022.06.13

 ロシアのウクライナ侵攻はグローバル世界分析の大御所イアン・ブレマーの22年世界10大予測においても第5位にしか登場していなかった。これはブラックスワンと言われる常識を逸脱した出来事,あるいはテールリスクと呼ばれ数十年か数百年に一度に発生する蓋然性の低い巨大なリスクで想定外であった。EUのパオロ・ジェンティーロ経済担当コミッショナー委員は米国ピーターソン研究所で4月21日講演し,ウクライナ戦争の7つの影響を挙げた。①米欧日の制裁や民間企業の事業撤退などによるロシアの国際資本市場から遮断,②米ソ冷戦終結による「平和の配当」やグローバリゼーションの追い風・恩恵の前提の崩壊,③ロシア依存見直しによる恩恵がメキシコやブラジル,米国,東南アジアの製造拠点に移行,④今回の危機による再生可能エネルギーへのシフト加速,⑤温暖化ガス排出量実質ゼロの一時的に停滞,⑥ESG(環境・社会・企業統治)の改善に向けた取り組みの難航,⑦デジタル通貨の役割拡大の可能性。

 EU経済コミッショナーが発したウクライナ戦争の影響と予想と,昨年来からの一連の大型財政プロジェクトのことを考えると,延期されたEU改革の実施はさらに遠のくのではないかと懸念される。

 まず第1は巨額の財政支出が相次ぐことへの懸念である。EU再生を狙った「グリーン・リカバリー戦略」は,初の共同債も財源とする7500億ユーロという先例のない大規模な復興事業計画として注目されていた。さらに昨年12月,欧州委員会フォン・デア・ライエン委員長は世界,特に途上国のインフラ整備を推進する「EUグローバル・ゲートウェイ構想」を発表した。同構想は,エネルギーから医療教育まで幅広い分野にわたって27年をかけて最大3000億ユーロに上る巨額の投資を計画している。これは中国の一帯一路構想を強く意識したものである。これまでは大目に見られてきた中国のインフラ部門への進出に対する欧州諸国の態度は急速に警戒ムードになってきた。しかし中国に対抗するうえでEUグローバル・ゲートウェイ構想が資金を必要とする途上国の要望を満たせる規模の融資を実現できるかという点が懸念として残る。同構想は,価値基準として「透明性の高い民主主義の原則」に沿って,EUへの依存ではなく正常な紐帯関係の構築を通じ,欧州の世界における影響力強化を目的とするものである。果たして欧州の要求する人権,正義,差別撤廃,ジェンダーなど民主主義の基準を融資の条件として途上国に要求できるか懸念される。仮に融資できたとしても不良債権として残り続ける可能性も考えられよう。

 第2に,米国はEUより早く21年6月のG7首脳会議で1兆8500億ドルのビルド・バック・ベター(3B Build Back Better World)インフラ法案によって米国版グローバル・ゲートウェイ構想を掲げている。さらに今後,IPEF(インド太平洋経済枠組み)においても貿易やサプライチェーン,インフラなどで連携が進むと「多くのブランドがぶつかり合ううるさい領域」となってきた。そしてEUは今後,ウクライナ戦争に関連した対ロ経済制裁におけるエネルギー禁輸によるエネルギー需要を確保するためのREPowerEU計画を立てた。今後5年間に2100億ユーロというこれも巨額な予算を計上。ロシア産化石燃料依存を減らすため「最も安く最も安全で最もクリーンな」方法を目指すこの計画を22年3月に発表した。対ロシア・ガス輸入は22年中に現在の3分の2に輸入を減少させ,それに代わる代替供給網の確立を図ることが緊喫の課題となった。エネルギー価格急上昇はヨーロッパの消費者や企業経営を圧迫。最新の計画では,①EUが当面のガス危機にどう対処するか,②2030年までにロシアのエネルギーからの完全脱却どう実現するかが真剣に問われる。このために,①エネルギー効率の改善,②再生可能エネルギーの利用拡大,③ロシア産以外の原油およびガス供給国の確保,ができなければEUが使用する天然ガスの40%,輸入原油の27%に及ぶ対ロ依存と,これにともなう対ロシア向け支払約4000億ユーロ/年から抜け出せないのである。

 第3に,このように巨額の財政負担を抱えたEUは果たして先延ばしにしたEU財政改革をどう推進しようとしているのであろうか。コロナ緊急対策でゲームチェンジを宣言し,1997年締結のアムステルダム協定のEU財政ルールは,去年2021年末までの延期,そして今度のウクライナ戦争でさらに1年延長され23年までその機能を停止し続けることになった。長い間,金科玉条にしていた財政赤字のGDP比3%以内と,公的債務残高同60%以内に抑えるという単一通貨ユーロ体制の象徴であったこのルールが,現実に合わない時代遅れの取り決めであることは多くの専門家が指摘していたところであった。とくにフランス出身でマクロン大統領の経済政策の有力アドバイザーで前IMF(国際通貨基金)のチーフエコノミスト,オリビエ・ブランシャールらも提言書“What to do about the European Union’s fiscal rules”をEU委員会に提出,実情に合わないルールから裁量に委ねる事後監督制を導入するように主張している。ユーロは今やクロアチアを入れた20カ国が採用する有力通貨になったが,その銀行同盟も未完のまま機能不全の状態で難破船のような状態にある。

 第4にEU改革のガバナンスの構造改革についての懸念である。統合の深化,迅速な意思決定なの行動力と強権を委員会に付与するため,①全会一致に代わる意思決定方式への変更,②立法権限を欧州議会にも認め,欧州議会選挙に超国家レベルでの立候補枠を設けること,③欧州委員会委員長はEU市民の直接選挙によって選出することなど重要な325の改革案が欧州議会の承認を得てEU理事会に上程の見通しとなっていた。しかし権限移譲に消極的な加盟国も多く,コロナ禍に加えてウクライナ戦争の戦時体制にも近い情勢下で,EU改革の実現はさらに遠のくばかりである。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2565.html)

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