世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
マクロン中道主義の理念と欧州統合:外務省への不信と「深層国家」論
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2026.01.12
中道主義の根幹は社会市場経済である。マクロンはフランスの伝統的な社会民主主義と自由主義の折衷を志向し,ドイツのオルドリベラリズム(秩序自由主義)に近い立場を取っている。これは,EUの基本理念である「自由で公正な秩序ある競争」や「社会的市場経済」と一致しており,欧州統合の制度的枠組みと親和性が高い。そして,極右・極左への対抗としての中道主義は2017年の大統領選では極右ポピュリズム(ルペン)や極左(メランション)の反EU的立場に対抗し,マクロンは「強いヨーロッパが,強いフランスをより強くする」と主張。彼にとっては中道主義は欧州統合を通じて国内の安定と繁栄を目指す手段でもあった。
マクロンは大統領就任早々から政策面での欧州統合推進を歌い上げていた。パリ・ソルボンヌ大学での演説(2017年)において「ヨーロッパのためのイニシアティブ」として,共通防衛,移民政策,デジタル経済,ユーロ圏予算など6つの柱を提案。これは国家主権と欧州主権の再定義を試みるものであり,中道的調整の象徴である。そしてEU改革と国内安定は実は連動しており,ユーロ危機後のフランス国内の不満を背景に,EU改革を国内支持回復の鍵と位置づけていた。こうして彼は中道主義を国内外のバランスを取る政治的手法として機能させようしたのである。
地政学的文脈と中道の役割
マクロンは欧州が米中の狭間で埋没することへの危機感を示し,欧州統合を通じた戦略的自立を主張。これは中道主義の「現実主義的理想主義」とも言える立場であると言える。メルケル退任後のEUにおいて,フランスが主導的役割を果たす必要性が高まり,マクロンは中道的調整力を活かして仏独タンデムの再構築を試みている。
結論的には,マクロンの中道主義は,欧州統合を単なる経済的・制度的枠組みとしてではなく,フランスの国内安定,民主主義の再生,そして欧州の戦略的自立を実現するための政治哲学として位置づけている。中道主義はその柔軟性と調整力によって,欧州統合の理念と実践を結びつける架け橋となっている。
公共空間としての欧州統合政策への影響
ドイツ・フランクフルト学派(注1)の中心人物ユルゲン・ハーバーマスの理論の中で,特に以下の点がマクロンの欧州統合政策に影響を与えている。すなわち➀公共圏の理論:ハーバーマスは公共圏の重要性を強調し,民主主義社会における市民の対話と討論の場を重視。マクロンもポスト・ナショナルな欧州統合において,市民の参加と対話を重視し,政策決定において多様な意見を取り入れる姿勢を見せている。これは,「コミュニケーション行為論」,「民主主義の理論」として市民の参加と対話を通じ政策を形作るものである。具体的には欧州防衛と核抑止力の拡大,欧州の戦略的自治などについてNATOとの連携と欧州の独立性の両立を提案。さらに,EU予算の改革も提案し市民の意見を反映させる試みを模索している。
エマニュエル・マクロンの一人外交
「二人のマクロン」という言い方がある。大統領就任以来,外務省や職業外交官を軽視し,自らの人脈と信頼する少数の助言者を使って「個人外交」を展開してきた。マクロンは「フランスの国際的地位を回復させる」と約束して大統領府エリゼ宮に入ったが,その手法は従来の外交官ネットワークではなく,自分自身の直感と人脈に依存するものだった。大統領の影の外交官と言われるポール・ソレールは,表向きは「リビア特使」とされるが,実際にはマクロンの「個人外交官」として活動。元特殊部隊員で,エリゼ宮にはほとんど姿を見せず,世界各地を飛び回る。任務は北アフリカからサヘル,西アフリカ,さらにウクライナ,ロシア,中東まで広がる。外務省の公式ルートを迂回し,反政府勢力支援やフランスの影響力維持に関与。大統領からは「発射!」と直接指令を受ける。ソレールは「型破り」な人材として,マクロンが好む非伝統的プロフィールの象徴である。ガザ人質事件(2023年)もハマスによるイスラエル襲撃後,フランス人を含む人質に医薬品を届けるため,ソレールが独自ネットワークを稼働。ドーハ,カイロ,ラファを経由し,赤十字やハマス内部の連絡網を利用。その過程で,音楽祭で拉致された仏・イスラエル二重国籍の女性ミア・シェム解放にも関与。「一対一で,秘密裏に,効率的に」ことを進め,マクロンが夢見る外交の形を体現していた。
外務省への不信と「深層国家」論
マクロンは外務省を「官僚的足の引っ張り」と批判。「ネオコンの巣」と見なし,その想像力の欠如に苛立つ。彼は,2017年には「フランスに輸入されたネオコン思想を終わらせる」と宣言した。マクロン自身,国立行政学院(ENA)時代のナイジェリア研修以外に国際経験は乏しいにもかかわらず,2019年には200人のベテラン大使を前に「外交官は政治家の意思を妨げる」と彼らの経験を軽視する考えを伝えたり,「我々にもディープステート(注2)がある」と発言し,トランプや陰謀論者が使う言葉を持ち込んだりもした。2022年には外交官団を廃止し,一般官僚組織に統合。長年の外交経験は切り捨てられた。エリゼ宮の外交政策は大統領府直轄で最初の「シェルパ」であるフィリップ・エティエンヌは典型的外交官だったが短命に終わり,後任のエマニュエル・ボンヌはアラブ世界専門で,大統領に忠実,脳卒中発症後も外交を守った。この小集団は軍事顧問団と対立し,自己過信や無謀さも目立つ。
他方マクロンは企業家ネットワークの活用を重視。マルセイユで世界第3位の規模を誇るコンテナ海運・物流会社CMA-CGMの管制センターを訪問し,AIで船舶を監視する様子に感銘。CEOロドルフ・サアデは地政学的変動を敏感に察知し,マクロンに直接報告。モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)のベルナール・アルノーからも世界各地の経験談を聞くなど「ビジネスマン外交」を好み,彼らの物語を外交判断に取り込んだ。また舞台装置としての外交,例えばトランプとの握手や背中を叩く演出など,力強さを示すジェスチャーを駆使。2017年にはエッフェル塔での両者の晩餐が世界に報じられた。トランプは友情の演出を見抜き,政策面では譲歩しなかった。外交専門家はこれを「心理地政学」と揶揄する。ノートルダム,ヴェルサイユ,アンヴァリッドなど象徴的建築を背景に外交を演出するのもその手法のひとつだ。「ヴェルサイユはルイ14世のショールームだった」と歴史家ベルンが語るように,マクロンは舞台装置を外交資源として利用。マクロン外交を「効率的で秘密主義的」かつ「演劇的で自己中心的」と描写している。外務省を軽視し,個人ネットワークと企業家の情報を重視。象徴的な場面を演出し,フランスの存在感を誇示。しかしその手法は,経験豊かな外交官の知見を切り捨て,舞台装置に頼る危うさを孕んでいる。
[注]
- (1)フランクフルト学派:1920年代のドイツに登場したマルクス主義者の学者のグループ。ルカーチの理論をベースにヘーゲルの弁証法とフロイトの精神分析理論をマルクス主義と融合させてマルクス主義の問題点の克服と進化を試みたグループ。Wikipediaより
- (2)ディープステート(deep state,略称:DS),または闇の政府,地底政府とは,アメリカ合衆国連邦政府の一部(特にCIAとFBI)が金融・産業界の上層部と協力して秘密のネットワークを組織しており,選挙で選ばれた正当な米国政府と一緒に,あるいはその内部で権力を行使する隠れた政府(国家の内部における国家)として機能しているとする陰謀論である。「影の政府」と重複する概念でもある。Wikipediaより
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