世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2536
世界経済評論IMPACT No.2536

戦争とカネ

立花 聡

(エリス・コンサルティング 代表)

2022.05.16

 戦争にはお金がかかる。ゼレンスキーからは請求書が発行された。

 「とりあえずビール」という感覚で,当座の財政補填(ウクライナ政府運営のため)だけで毎月70億ドル,毎月ですよ。そのうえ,武器弾薬・軍事援助,さらに戦後復興再建には6000億ドル,その他諸々,しかも戦争が長引けば長引くほど費用は膨らむ。

 1年の戦争で計算すれば,少なくとも1兆ドルの費用(多分足りない)。支援国のシンパで,割当額はバイデンが鉛筆舐め舐めして決めるだろう。日本は1割負担だとしても,1000億ドル。国民一人10万円なり。4人家族だと40万円をウクライナのために払うことになる。

 日本でもウクライナの支援には日本国民の血税を使うわけだ。みんなが喜んでお金を出すのか。ニュースサイトの投稿欄をみると,一気にゼレンスキーの悪口が始まった。

 利益が絡んでくると,話は違う。英国やEUは結局のところ,天然ガスをルーブルで買うし,制裁破りをする。米国も含めてお金はケチるだろう。自分の利益に関わってきたら,誰もが同じだ。善悪の問題ではない。

 カネの切れ目は縁の切れ目。

 私が住む小国マレーシアは,ロシア金融システムへの加入を検討し,ロシア・エアロフロート航空のサンクトペテルブルク・モスクワとクアラルンプールを結ぶ直行便の開設を言い出し(4月23日付MalayMail),さらに半導体分野でロシアを支援するとも明言した(4月25日付インドDigitnews)。

 国際政治はまず利益だ。マレーシアは明らかに,「反制裁」派で,ロシアの友好国になっている。日米いわく「国際社会」とは違う,2つ目の国際社会がちゃんと存在しているわけだ。どちらも利益目当て。

 ゼレンスキーにもそれなりの論理がある——。「アメリカはウクライナ戦争のお陰で軍需産業が大儲けし,何よりも莫大なロシア資産を凍結・没収できた。そのお金を山分けするのは当然だろう。ウクライナはアメリカのために死者を出しているし,国を壊しているわけだから」。

 ウクライナン戦争下の欧米露経済を比較してみよう。

 まず,ロシア。ウクライナ戦争開戦当時,西側の予測——「ロシアは欧米の全面制裁を受け経済が破綻し,GDPは少なくとも15%減,国内の不満が噴出し,プーチンは失脚するだろう」。その手の予想は,完全に外れた。

 現状はどうだろう。ルーブルは戦前レベルに戻り,強い通貨になった。ロシアは2月下旬以降,少なくとも650億ドル分の天然ガスや石油を輸出し,儲かっている。常態だったインフレも特段と悪化しているわけではない。西側メディアでさえ,データだけは捏造できない。5月7日付けのエコノミスト誌記事「ロシア経済が立ち直りつつある」は「制裁の影響が限定的」と認めざるを得ない。

 次に,欧米をみてみよう。ハイパーインフレ直前,アメリカの経済成長率は-1.4%でスタグフレーションの惨状である。2021年の米国の貿易赤字は初めて1兆784億ドルを超え,国内総生産(GDP)のほぼ5%に相当する。ドルベースでは過去最高を記録。国債は30兆ドルに達している。

 バイデン政権はウクライナに毎月50億ドル規模の援助をしているが,ドル札を刷ればいいわけで,インフレで貧困に陥るのはアメリカの中産階級であり,死んでいくのはウクライナ国民である。戦争の収益とバックマージンは戦争の長期化に正比例して膨らみ,特権階層のポケットに流れる一方だ。

 そして,日本。ウクライナ支援は,日本国にどんな利益がもたらされるのだろうか。経済成長につながり,国民が豊かになるのか。それとも,正義感の自己満足か。

 何もかも,悪いのがプーチン,悪いのがロシア。バイデンは,米国のインフレ率が高いのを,ウクライナ戦争のせいにしている。そうなのか?データをみてみよう。

 米労働省が3月10日発表した2月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比の上昇率が7.9%で,伸びは1月の7.5%より拡大し,40年ぶりの高い水準に達したと発表した。ロシア・ウクライナ戦争が始まったのは2月24日。

 続いて,米労働省が4月12日発表した3月のCPIは前年同月比の上昇率が8.5%となり,前月比で1月→2月は+0.4%,2月→3月は+0.6%。ペースとしてはほとんど変わらない。どうしてもいうなら,ウクライナ戦争の影響はわずか0.2%程度しかない。

 小学生でもできる計算だ。これに対して,欧州は本当の被害者である。欧州中央銀行(ECB)は4月14日,ドイツ・フランクフルトで開催した政策理事会後の記者会見で,クリスティーヌ・ラガルド総裁は,2022年3月のインフレ率は前月の5.9%から7.5%に上昇し,特にウクライナ戦争で,エネルギー価格が前年同月比で45%上昇となったと発表した。

 バイデンは,米国内のインフレの責任をロシアになすりつける一方,軍需産業などで大きな利益を得,戦争を長引かせようとしている。ひどい話だ。

 戦争は人間がこの地球上に生きている限り,消滅しない。そして戦争も平和もタダではない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2536.html)

関連記事

立花 聡

最新のコラム