世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2534
世界経済評論IMPACT No.2534

解析・ウクライナ侵攻による石油への影響:なぜロシア産原油を制裁の対象にするのか

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.05.16

 2020年1月末のブレント原油先物価格は23ドル台に低下,ニューヨークの先物市場では4月20日に史上初のマイナス価格を計上した。理由は新型コロナの蔓延による世界各地でのロックダウン(都市封鎖)からの需要減である。これを受けOPEC(石油輸出国機構)は日量に970万バレルの減産措置を決定した。これにより原油価格は次第に回復し,2020年3月の1バレル当たり30ドル台から2021年には60~70ドル台までに回復した。ロシアのウクライナ侵攻後も1バレル当たり90数ドルで,3月7日には130ドルを超えた。

世界原油の需給バランスとロシア産原油

 国際エネルギー機関(IEA)によると,ウクライナ侵攻前の世界の原油供給量(日量)は9,913万バレル,需要量(同)は9,895万バレルで,需給バランスは約18万バレルの供給過剰であった。ところが,ウクライナ侵攻後は供給量(日量)9,613万バレルに対し,需要量(同)は9,876万バレルで,需給バランスは263万バレルの供給不足となった。要するに,侵攻前と後の世界の原油供給量は(日量)で300万バレル減少し,これはロシアが4月に制裁を受けた結果の供給減と考えられる。

 世界の原油輸出国上位10カ国の輸出量と産出量の日量(単位はバレル)を見ると,1位のサウジアラビア(輸出量621万と産出量1,010万),2位のロシア(459万と1,135万),3位のイラク(338万と425万),4位のカナダ(313万と425万),5位のアメリカ(289万と1,160万),6位のアラブ首長国連邦(UAE)(241万と293万),7位のクウェート(174万と257万),8位のノルウェー(155万と213万),9位のブラジル(135万と300万),10位のカザフスタン(131万と163万)となっている。原油産出量の順位だけに限ってみると,1位はアメリカ(日量1,160万バレル),2位ロシア(1,135万バレル),3位サウジアラビア(1,010万バレル)となっている(出所:BP Statistical Review of World Energy,EIA,カナダ統計局)。

 産出量と輸出量のいずれも2位のロシアの原油輸出先では,ヨーロッパ向け輸出量が最も多く,日量260万バレルで原油輸出の58%を占めている。アジア向けは同160万バレルで36%。その内訳に,中国向けが150万バレル,インド向けが5万バレルとなっている。アメリカ向けは20万バレルで4%を占めている。ただし,IEAの予測によると,4月以降,ロシアの原油輸出量は日量150万バレル減少すると指摘している。

 次に,ウクライナ侵攻前のロシア産石油精製品の輸出先を見る。ロシアは石油精製施設を持ち,ディーゼル燃料,重油,ガソリンと航空燃料など3つの分類の石油精製品が輸出され(日量,いずれもバレル),ヨーロッパ向け(70万,33万と3万),アジア向け(8万,20万と2万),アメリカ向け(2万,22万と4万),その他(12万,7万と7万)となっている。このデータから,ロシアにとってヨーロッパが重要な輸出先であることがわかる。しかし,米エネルギー情報局(EIA)では4月以降の制裁で,ロシア産石油精製品の輸出量は1日当たり100万バレル減少すると予測している。

 ロシア財政省による2021年の項目別輸出額と輸出比率を見よう。ロシアの総輸出額4898億ドルに占める原油の輸出額は1,102億ドルと輸出比率は22.5%,石油精製品が687億ドルと14%,天然ガス(パイプライン経由)が542億ドルと11.1%,液化天然ガス(LNG)が76億ドルと1.6%,石炭が176億ドルと3.6%,その他(農作物,肥料と金属など)が2,315億ドルと47.2%となっている。原油,天然ガスと石炭の合計輸出比率は52.8%と過半を占めており,その他(農作物,肥料と金属など)を凌駕している。燃料の輸出依存度が高く,欧米などの制裁を受けた場合,大きな痛手となる。

 ロシア産原油の仕向け先の輸出額と輸出比率(2020年,ロシア統計局)を見ると,中国(237億ドル,32.8%),オランダ(94億ドル,13%),ドイツ(62億ドル,8.7%),韓国(50億ドル,6.9%),ポーランド(41億ドル,5.8%),イタリア(37億ドル,5.2%),ベラルーシ(35億ドル,4.9%),フィンランド(27億ドル,3.8%),日本(20億ドル,2.9%),スロバキア(14億ドル,2%),イギリス(11億ドル,1.6%),ハンガリー(10億ドル,1.4%),アメリカ(9.5億ドル,1.3%)などとなっている。中国とヨーロッパ向けが8割近くを占め,相対的に同市場への輸出依存度が高いことがわかる。

対ロシア制裁が与える影響

 ウクライナ侵攻初期,アメリカやEU(欧州連合)はロシア産原油と天然ガスを制裁の対象にしないと考えた。その理由は,欧米がロシアの化石燃料に大きく依存していたことである。ウクライナ侵攻のあった2月末頃はヨーロッパは厳寒の時期で,化石燃料の需要量が極めて多くなる。この時期にロシア産燃料に制裁を加えた場合,ヨーロッパ諸国の市民生活の受ける影響は極めて深刻だ。また,2月のアメリカは7.6%の高いインフレ率に直面し,制裁により原油が高騰するとバイデン大統領の支持率の低下に直接に影響する。こうしたことから,大方の認識ではロシア産燃料は制裁の対象にならないと考えられていた。

 他方,ロシアも原油と天然ガスの輸出は財政収入の面から極めて重要であり,自らが財源の流入を封じることはしない。欧米,ロシアの双方にとって触れたくない領域である。

 しかし,欧米などは制裁措置としてロシアの銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除した。SWIFTとは,世界の金融機関がネットワーク上で繋がり,決済するメッセージングシステムである。世界中の数千の銀行が金融取引に関する情報を安全かつ標準的な方法でやり取りするために,SWIFTが利用されている。ロシアが原油と天然ガスを輸出する場合,SWIFTによるドル送金をできなくした制裁措置である。

 その後,ウクライナの首都キーウの近郊のブッチャ(Bucha)とその周辺の町などで,多くの市民がロシア軍により虐殺されたことがメディアで報道された。それを受けて,アメリカはロシアに対する制裁を強化し,日欧も相次いで対応に乗り出している。アメリカは単独でロシア産の原油,天然ガス,石炭と関連製品を全面的に禁輸した。

 欧州は上述のとおり,原油や天然ガスをロシアに依存しており,EUの欧州委員会は4月5日に自国に対する影響の少ないロシア産石炭に絞って禁輸方針を示した。特に,ドイツとフランスは天然ガスと原油のロシアの依存が多いため,制裁の対象にしたくなく,影響が少ない石炭に絞っていた。イギリスは年末まで段階的に石油と天然ガスの輸入を減少させる。アメリカとイギリスは対ロシアの依存度が低いことから,厳しい制裁を講じた。一方,ハンガリーはロシア産原油の輸入禁止に反対している。欧米で制裁に温度差があらわれている。しかし,5月上旬になってG7とEUは年末までにロシア産原油の輸入禁止に同意が得られたようである。ロシア産原油の禁輸は石油価格の高騰を招く恐れがあるが,備蓄石油の放出などの措置を取り,ウクライナの民主主義と自由の擁護のためには,インフレにも耐える決意が示されたものと言えよう。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2534.html)

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